2016年4月15日金曜日

Fiio X7 アンプモジュールAM1 AM2

FiioのポータブルDAP「X7」は、ヘッドホンアンプ部分がモジュールとして着脱交換可能というのがひとつのセールスポイントになっています。



X7に標準装備されている「AM1 IEMパワーモジュール」とは別に、「AM2 ミディアムパワーモジュール」というのが登場しました。また、[AM3 バランスモジュール」「AM5 ハイパワーモジュール」というのも近々出る予定です。X7本体価格が10万円くらいなのとくらべて、モジュールは1万円程度なので、意外と手頃です。

私自身はX7を持っていないのですが、先日AM1とAM2モジュールの違いをチェックしてみろと誘われたので、簡単な試聴と、出力を測ってみました。(AM3、AM5はまだ発売前なので未聴です)。

測定すると一目瞭然なのですが、AM1とAM2の特性はどちらが優れているというわけではありません。用途に応じて使い分けることが肝心なようです。


アンプモジュール

X7のアンプモジュールは本体下部に差し込むタイプで、なんとなくファミコンとかのカセットみたいな感じです。

アンプモジュール交換
広報写真で見えるように、AM1モジュールはX7本体と同様のヘアライン仕上げで、AM2とAM5はブラスト仕上げで本体と若干色合いが異なるため、見た目で違いがわかります。

これらモジュールは純粋なアナログアンプなので、着脱に複雑な操作手順は必要ありません。一応電源OFFの状態で交換しろと書いてありますが、(自己責任になりますが)音楽再生中に入れ替えても問題ありませんでした。左右のトルクスネジで固定しますが、比較試聴時にはわざわざネジを固定せずに交互に入れ替えてました。

AM1、AM2、AM5モジュールはどれも3.5mmヘッドホン端子で、バランス出力用のAM3モジュールもリリースされるらしいです。

ちなみにライン出力・同軸デジタル出力兼用の3.5mm端子は本体上部にあるため、アンプモジュールには影響されません。

Fiio X7本体に付属しているアンプモジュールは、「AM1」という「IEMに特化した」タイプです。

Fiioというメーカーが素晴らしいのは、さすがにポータブルアンプ開発のベテランだけあって、ちゃんと公式サイトにてスペックを公表しています。


Fiioはこのように一応データを出しているのでありがたいですが、こういう測定スペックが一切書かれていない怪しい「ハイエンド」オーディオブランドは意外と多いです。そういうメーカーにかぎって「音質はスペックでは語れない」とか言い逃がれするようです。

アンプというのは大事なヘッドホンを駆動する役割を担っている、車のエンジンのような存在なので、まずは十分な出力スペックありきで、音質はその上で吟味するものです。

本体付属のAM1モジュールですが、最大出力電圧が5.2Vp-pというところがネックになっており、「最大ボリュームが低すぎる」という不満がレビューなどでけっこう上がりました。たとえばAK240は6.3V、Plenue Sは8.6V、FiioのX5でさえ7.9Vです。

Fiioとしては、そもそもAM1モジュールは「IEM用」と明示してリリースしたのに、「ベイヤーダイナミックT1で音量がとれない!最低のDAPだ!」なんて文句を言われる筋合いは無いのでしょうけど、やはりこういうのは説明書きをちゃんと読んでない人が過半数なので、セールス的にはまず高出力アンプを付属すべきだったと思います。

そもそも、なんでわざわざAM1のような「低出力」アンプが必要なのかちゃんと理解している人は少ないのかもしれません。

AM2とAM5モジュール

今回発売されたAM2アンプモジュールは、実はX7発売直後に中国のネット通販を中心に初回ロットが出回ったことがありました。その時点では、ホワイトノイズが多すぎるというトラブルがあり、リコールというか返品回収されてしまい、4ヶ月後にようやく登場したのが正式なAM2モジュールです。

AM1からの最大の変更点は、最大出力電圧が上昇していることです。

AM1 = 5.2 Vp-p
AM2 = 8.8 Vp-p
AM5 = 11 Vp-p

ピーク電圧が8.8Vもあれば、大抵の大型ヘッドホンでも十分に駆動できます。

また、単純に回路のゲインを変えただけではなく、オペアンプ構成も

AM1 = OPA1612 + AD8397
AM2 = MUSES02 + BUF634
AM5 = MUSES02 + TPA6120A2

といった感じに変えてきています。実際のところ、AM2とAM5の違いは、出力よりも、バッファアンプチップの変更による音色の変化が最重要だと思います。

たとえば、AM2に搭載されているBUF634はFiio X5-IIに搭載されているものと同じですし、ほかにもCayinやiBassoなど、多くのメーカーのDAPに採用されています。

AM5に搭載されているTPA6120は、もっと大型のポタアンとかによく使われているチップアンプで、たとえばソニーのPHA-2、PHA-3、JVC SU-AX7、ベンチャークラフトVantamとか、パワーに定評のあるポタアンで採用されています。

ちなみに、バランス出力のAM3モジュールはTIの最新オペアンプOPA1622を使うらしいですが、今のところ不明です。OPA1622というと、AM1モジュールやX5-IIに使われていたOPA1612の後継チップですね。

あと、各アンプモジュールごとに消費電力も異なるので、バッテリー持続時間も変わります。もちろん接続するヘッドホンのインピーダンスや、音量によって左右されるのですが、Fiioは一応目安として

AM1 = 9時間
AM2 = 8時間
AM5 = 6時間

としています。もちろん、同じ音量で使っていても、大出力のアンプのほうが通電時の待機電力は大きいので、その分バッテリーの持ちは短くなりそうです。

このように、アンプモジュールが続々登場で一件落着と言いたいところですが、実際のところ事態はもうちょっと複雑です。

AM1とAM2

今回は、AM1とAM2を試聴してみました。

AM2は高出力なのだから、どんなイヤホン・ヘッドホンでもAM1を捨ててAM2を使えばいいんじゃないのか、と思うかもしれませんが、実際はもうすこし考える必要があります。

まず、各アンプモジュールの出力特性をグラフ化してみました。

X7の最大出力電圧

このグラフは、X7で1kHzの0dBFS(フルスケール)サイン波を再生している状態で、音割れする(サイン波が潰れる)ギリギリまでボリュームを上げたときのヘッドホン出力電圧です。

横軸は負荷インピーダンスなので、ようするに接続したヘッドホンに対してX7が出力できる最大電圧(=音量)ということです。

ちなみに、X7は本体ソフト設定でハイ・ローゲインが切り替えできるので、どういう効果があるのか、両方で測ってみました。

このグラフをじっくり見ると、いくつかの事がわかります

  • AM1の5.2V、AM2の8.8Vともに公称スペック通りの電圧が出ている
  • AM2をローゲインモードで使うと、AM1のハイゲインモードとほぼ同じ5.2Vが得られる
  • AM1は低インピーダンスまで出力を維持するけれど、AM2は一気にパワーダウンする
  • 10~20Ωくらいで両者の立場が逆転する
  • AM2はハイゲインとローゲインモードで若干インピーダンス特性が違う
  • ライン出力はライン出力専用回路

そんな感じで、両者の特性が大体把握できます。そして、必ずしもAM2が優れているとは限らないことがわかります。

ひとつ気になるポイントは、AM2のハイゲイン・ローゲインモードで出力インピーダンスが若干違うのですが、それもそのはず、ちゃんとマニュアルを読んでみると、こう書いてあります。

AM1 = Software Gain
AM2 = Hardware Gain
AM5 = Hardware Gain

つまり、AM1の場合「ハイゲイン・ローゲイン」切り替えは、ソフト上で音量上限をリミットするだけの擬似的なものですが、AM2とAM5では、実際にアンプモジュールに送る電圧を下げることで、ローゲインモードにしています。

X7のボリューム調整はDACチップ内蔵機能による「デジタルボリューム」なので、あまり音量を下げ過ぎると音質劣化が懸念されるため、高ゲインのアンプでは、あえてハード的に二種類のゲインを選べるようにしているのでしょう。ちゃんと考えていますね。(ちなみにESSによると、最大ボリュームの2~3割以下に下げると音質劣化が顕著になるそうです)。

ともかく、AM2はたしかに高インピーダンスヘッドホンでは高電圧(つまり高音量)が望めますが、一方で低インピーダンスでの不安定なパワーの落ち込みがネックになるので、大体50Ωを下回るくらいのヘッドホンの場合は、どうしても音量不足でないかぎり、AM1を使ったほうがフラットなアンプ特性が得られそうです。

もちろん、各アンプごとに使われているオペアンプやバッファアンプが異なるので、それぞれ音質傾向は異なります。

ただ、高ゲインアンプ=高音質とは限らない、ということだけは注意が必要だ、ということです。

駆動不安定で歪みが増した状態で「音圧が増してダイナミックになった」なんて言っていたら本末転倒です。

試聴

今回の試聴には、低インピーダンスなIEMの例として、公称インピーダンスが8ΩのAKG K3003と、高インピーダンスなヘッドホンの例として、公称インピーダンスが250ΩのベイヤーダイナミックDT1770 PROを使ってみました。

X7本体の音質そのものよりも、アンプモジュールによってどう変わるのかをチェックするのが目的です。

色々と音楽を聴いてみた結果、やはり各アンプモジュールごとに得意不得意があるように感じられました。たとえばK3003はAM1とのコンビネーションがベストです。X7特有の繊細で解像感の高い、モニター調の音色が、K3003のきらびやかな高域と上手にかみあって、高次元なサウンドが得られます。一方でAM2に切り替えると、とくに高音が荒々しくなり、よりエキサイティングに聴こえるのですが、空間定位の安定感が一気に失われてしまい、ただ単にパワフルなサウンドになってしまいます。X7のソフト上の音量は意外にもAM1とAM2でそこまで変わらなく、最大120のうち10~15ステップほど下げるくらいでした。

AM2にすることで極端に音が悪くなるというほどでもないのですが、X7特有の魅力が薄れて、なんか外付けの安っぽいポタアンを通しているような、変なドライブ感があります。不思議なのは、K3003は高音のBAドライバと低音のダイナミックドライバのハイブリッド構造なのですが、AM2にすることで、より各ドライバの差が明らかになるというか、サウンドの一体感が失われています。よくマルチBA型IEMで、「繋がりが悪い」なんて言われているそれっぽいです。AM1ではあまりそんな風に感じられないので、アンプによる影響が強いみたいです。

ベイヤーダイナミックDT1770の場合は、結果は真逆でした。AM1でもそこそこ音量が出せるのですが(ボリューム120中100くらい)、いざAM2に切り替えると、「今までこんなにもボヤケた音で聴いていたのか!」と驚くほど、AM2のサウンドは魅力的です。

とくに、背景とアタック音のメリハリというか、音楽とそれ以外の要素の仕分けがちゃんとできており、なおかつK3003で感じられたような無駄な空間の乱れは一切感じられません。ちゃんと高出力のポタアンなどで聴いているかのような、普通に満足できる良い音です。

AM1に戻してみると、やはり全体的なサウンドがぼーっとした平坦な感じで、なんとなくBGMとして聴き流してしまうようでした。

一番悩ましいのが中インピーダンスのヘッドホンなのですが、簡単に44ΩのオーディオテクニカATH-A2000Zで聴き比べてみたところ、やはりアンプのサウンド傾向は、AM1がサラッとしたモニター調で、若干押しが弱くじっくり聴かせるタイプで、AM2はもう少しメリハリというか音の粒立ちが良く、多少聴き疲れしやすいような騒がしさもあります。

私が想像しているFiio的なサウンドはAM2のほうで、AM1はもっとResonessence Herusとか、シンプルでサラッとしたサウンドに近いようです。X7はハイエンドDAPとして今ひとつ派手さが薄いな、と感じていた人は、AM2にすることで、また新たな一面を気に入ってもらえるかもしれません。

まとめ

そんな感じで、各イヤホン、ヘッドホンによって相性があるので、どのアンプを選ぶかはユーザーに任せる、というのがFiioが描くハイエンドDAPの方向性なのでしょう。

しかし、問題はやはり、世間一般で無数に存在する「中インピーダンス、中能率」のイヤホン、ヘッドホン勢でしょう。具体的には、たとえば42ΩのオーディオテクニカATH-Aシリーズ、Shure、Ultrasone、ソニーなんかも、大体40~60Ωくらいをターゲットにしていますし、能率も高いです。この場合、AM1とAM2のどちらでも十分な実力を発揮できるので、純粋に音の好みで選ぶことになります。

低能率で600ΩのベイヤーダイナミックDT880や、470ΩのオーディオテクニカATH-R70x、300ΩのゼンハイザーHD650とかでしたら、AM2、もしくはAM5モジュールを使うのが正しいでしょう。

一方で、8~16Ωのイヤホン勢、8Ωのファイナルオーディオ、18ΩのゼンハイザーMomentumであればAM1が妥当な選択です。AM2を使ったら歪みや音色の変化が発生する可能性があります。

結局アンプ選びというのはヘッドホンに合わせて行うのが最重要なため、このアンプモジュール交換というのは、考えようによってはFiio X7はこれまでにないほどユーザー目線で設計されたハイエンドDAPとも言えます。

押し付けがましい自己満足な音作りポリシーを主張するのではなく、「最近の市場トレンドを見て、良さ気なアンプをいくつか作ってみました。どうでしょう?」といった感じに、マニアックなリスナーに向けて複数の回答を提案しています。

それがめんどくさいという人であれば、Fiio X7ではなく、たとえばオンキヨーDP-X1とか、ソニーのウォークマンとか、AKなど、他にも色々なDAPの選択肢があります。

結局のところ、マニアなファンであれば、全部のアンプモジュールを買い揃えてしまいそうで末恐ろしいのが、X7の魅力でもあります。