2016年8月26日金曜日

JVC VICTOR HA-MX100-Z ヘッドホンのレビュー

JVCのヘッドホンHA-MX100-Zを購入しましたので、紹介します。

カジュアル系オーディオ商品が多い「JVC」のラインナップの中では珍しい、業務用スタジオモニターヘッドホンという位置づけです。このヘッドホンは傘下の「ビクタースタジオ」を全面的にフィーチャーしており、そこで行われている録音業務にも耐えうる高音質と高信頼性というポイントが大きな魅力となっています。

JVC HA-MX100-Z

2016年3月に発売されてから、中々手に入りにくい商品だったのですが、8月以降では大手ヘッドホン店でも見かける様になりました。2011年登場の旧モデル「HA-MX10-B」の後継機という位置づけです。価格は25,000円程度と、かなり手頃なので、気軽に高音質を楽しみたいカジュアルユーザー目線でも楽しめるヘッドホンかどうか気になって買ってみました。


JVC

JVCほどわけのわからないブランドもそうそう無いと思います。現在の正式名称は「株式会社JVCケンウッド」ですが、その下にビクターエンターテイメントとかビクターミュージックなんとかとか、しかも数年ごとに合併・離脱・吸収・再編なんかを繰り返していて、実際誰が誰の傘下で、なにをやってるのか理解不能です。

そもそも、ここ数年ホームオーディオから離れていた人であれば、JVCとケンウッドが合併したというのも驚きでしょう。JVCはJapan Victor Companyの略称のとおり、一部海外では同じ製品が「Victor」ブランドで売っていたり、それなのに本家アメリカの1920年代からある「RCA Victor」はJVCではなくソニー・ミュージック傘下だったり、昨今「Victor」というブランドネームの本流は一体なんなのか混沌としていますし、Victorという名前を聴いて、人それぞれ思い入れや、捉え方が異なるのが面白いです。

日本におけるJVCというブランドに限定すると、まずSMAPやサザンのようなアーティストが所属するビクターエンターテイメントと、坂本真綾とかのアニソン系や映像制作のフライングドッグなんかが傘下にあり、そこに日本ビクター・JVCのコンシューマオーディオ機器や、プロ用音楽制作機器のメーカーもあり、さらにケンウッド由来のカーオーディオやコンシューマオーディオ製品のノウハウがプラスされたといった感じです。(著名な専属アーティストの一覧はWikipediaに載ってました)。

ひとつの会社がアーティスト契約から、スタジオ録音、アルバム流通、さらには録音機器から再生装置まで全部自社グループ内でなんとかしているという企業は類を見ません。

ビクターレーベルのアーティストが全てそうだとは言いませんが、音の入口から出口まで、全部ビクターブランド製品で統一することも可能かもしれません。世界中見ても、それに対抗できるライバルはソニーくらいでしょうか。

今回のヘッドホンは、そんなビクターの名を掲げるにふさわしいスタジオモニターヘッドホンということで、公式サイトやメディア媒体でかなり積極的に「ビクター録音エンジニアがチューニングに携わった自信作」みたいなアプローチをとっています。「そこまで言うなら、聴いてみるしか」と、まんまと罠にはまってみることにしました。

一概に「スタジオモニター用」と言っても、それが録音セッション中に歌手が伴奏フィードをモニターするためなのか、エンジニアが卓上ミキサーでバランス調整用に使うのか、それともサウンドチェックやミックス後の最終仕上げのためのマスタリング微調整に使うのか、など、用途によって要求される性能や特性は異なります。遮音性や、荒く扱われる耐久性が大事なこともありますし、静かなマスタリング室でスピーカーの代用品としての高音質が欲しい場合もあります。そのため、たとえ「スタジオモニターヘッドホン」と言っても、ソニーMDR-CD900STからゼンハイザーHD800まで、ありとあらゆるスタイルのヘッドホンが当てはまります。

また、最近ではベッドルームDTMというか、アマチュアミュージシャンが自宅のパソコンソフトで音楽作成や動画配信を行ったりするケースも増えていますし、イベントDJが自宅でミックスをプロデュースすることも多いです。そのため、低価格で遮音性が高いモデルや、DJ用ギミックが搭載されているヘッドホンなども、おおまかに「スタジオモニターヘッドホン」と称されていることが多いです。

では結局スタジオモニターヘッドホンとは何なのか、と考えると、いくつか共通点として上げられるのは、まず音色の傾向が万人が納得できるフラット特性であり、音楽の完成度を見極めるに足りる分析力を持っており、接続する使用環境で音色が安易に変わったりせず、堅牢で壊れにくく、偶然の高電圧などにも耐えうる高信頼性があり、入念な実地テストを繰り返した、なんてポイントが思い浮かびます。

音色がフラット特性だというのは議論を呼びそうですが、録音スタジオの観点から見ると、採用しているスタジオモニタースピーカーと出来るだけ特性が似ていることが望ましいです。

グラフィックデザイナーやイラストレーターが定期的にパソコン画面の色空間を業界基準に校正しているのと同じように、モニタースピーカーは配置や部屋の特性と合わせて定期的にキャリブレーションマイクで校正しています。しかし、ヘッドホンはそうはいきません。

また、プロ用と言われているものは、交換部品の入手が容易で、パーツ番号を指定するだけで部品取り寄せができることも重要です。つまり、故障してもわざわざメーカーに返品せずとも、所有者自らが分解修理するスキルがあるということを前提に、メーカーが単品パーツを供給することを惜しまない(その反面、メーカー保証は限定的)ということもあります。

たとえば日本における「スタジオモニターヘッドホン」の代名詞ソニーMDR-CD900STの場合、イヤーパッドなどの消耗品はもちろんのこと、そうそう壊れないであろうハウジングのハンガー部品や、ドライバ単品、そしてケーブルなんかも、ユーザーがハンダ付けスキルがあることを前提に、単品販売しています。

ヨーロッパで普及しているAKG K240なんかも、「K240 Parts」とGoogle検索するだけで、AKG公式サイトから全パーツの詳細な注文番号や組み立て配線ガイドのPDFがダウンロードできます。

製品が「定番モデル」として普及してくれれば、同じデザインを何年、何十年と使い続けることができるので、保守パーツ供給も一本化できますし、ユーザー側にとっても便利です。そのため、仕様変更やマイナーチェンジを必要とせず、何年、何十年と活躍するに耐えうるデザインであることが、スタジオモニターヘッドホンのあるべき姿です。

あと、会社の経費で買うことを考えると、出来るだけ装飾は地味な方が受け入れられやすいです。

HA-MX100-Z

HA-MX100-Z、名前が覚えにくいですね。未だに間違えてそうで気が抜けません。

VICTOR STUDIOをプッシュしてます

このヘッドホンが発売された際、インプレスとかアスキーとか、様々なメディアで「渾身の力作」みたいに取り上げられていたのに、いざ家電量販店に行ってみたら、どこにも売ってませんでした。

いまだに旧モデルHA-MX10-Bの試聴機が置いてあるところが多いですので、勘違いしてそっちを買ってしまった人も案外いるかもしれません。

プロ用機器だということで楽器屋を調べても、品番登録すらされてません。結局JVCの人に聞いてみたところ、なんだかハイレゾ楽曲配信販売サイトのVictor Studio HD MUSICを盛り上げるためなのか、そっちのリンクから直販で買ってくれとのことでした。先行販売といった形だそうです。

試聴できないのは困るので、ちょっと調べてみたところ、渋谷のRock oNが試聴機を含め在庫があるということで、そこへ出向いて買ってきました。余談ですが、このRock oNは駅から遠いですし店舗スペースも小さいですが、DTM系機材とかに関しては、品揃えも店員さんもマニアックで、良い店です。

発売後ちょっと時間が経ってから、フジヤエービックとかeイヤホンとかでも販売されるようになりました。これを書いている時点では、案の定色々な事情から「店頭販売のみ」って書いてあります。

スタジオ感があふれだすボックス写真

ビルの写真を見せつけるスタイル

ボックスはペラペラの紙箱です。ヘッドホン本体の写真よりも、ミキシングコンソールとか、ビクタースタジオの外観とか、プロ用ヘッドホンなんだぞということを強調したイメージ画像を採用しています。店頭で目を引くデザインでは無いですが、意外と他社では見ないタイプでカッコいいと思います。

ワイルドな梱包方法

箱を開けると、ヘッドホン本体がビニール袋にそのまま入っています。ダンボールの補強とか枠組みが一切無いので驚きましたが、この程度で壊れるようじゃスタジオモニターは名乗れない、ということでしょうか。一応ケーブル端子が本体を傷つけないように、梱包材が巻いてありました。

25,000円で多くは期待できませんが、できれば収納バッグとか、3.5mm→6.35mm変換アダプタくらいは同梱してもらいたかったです。発売キャンペーンで変換アダプタをオマケで付けてくれるところもあるみたいです。

ヘッドホン本体は、近年の高級プレミアムブランド品を見慣れていると、かなり地味です。そして、一番驚くのはその軽さです。手で持ち上げてみて「うわ!軽っ!」とびっくりしました。

とてもスリムなデザインです。左右色違いがプロっぽいです。

本体が軽いだけあって、装着感は良好です。イヤーパッドが想像以上に薄くて安っぽいので、本当にこんなもので大丈夫なのか心配になりましたが、耳への負担は少なく、長時間の使用でも痛くなりませんでした。

非常に薄いものの快適なイヤーパッド

側圧は結構緩いほうなので、耳の圧迫は少ないものの、そのせいで2~3時間装着していると頭頂部が若干痛くなってきました。意外と知られていない事ですが、側圧がゆるいヘッドホンは、全重量が頭の上に乗っている状態ですので、頭頂部が痛くなりやすいです。

ヘッドバンド頂上は、ハンガーに引っ掛けるためか、若干硬く補強されています

長時間快適に使えるためには、側圧と頭頂部のバランス配分が重要です。側圧がゆるく、ヘッドバンドが硬いと、AKG K701なんかの悪夢の再来になってしまいます。側圧はそこそこあったほうが良いのですが、そのためには蒸れたり痛くなったりしない優秀なイヤーパッドが必要不可欠です。このHA-MX100-Zの場合、分厚いスポンジ材に頼るよりも、「本体そのものが非常に軽い」という根本的な解決方法を取っています。

VICTOR STUDIOとエンボスされています

ヘッドバンドはスタジオ機材でよくある耐久性の高そうなビニールレザーで、大きく「Produced by VICTOR STUDIO」とエンボス加工されています。派手なプリントではなく、間近で手にとって見ないと気が付かないような演出なので、安いなりに効果的だと思いました。

ハウジングのデザインは古典的です

イヤーカップも、なんかMDプレイヤーとかが流行っていた時代にタイムスリップしたような古臭い雰囲気ですが、中心のアルミパーツの仕上がりが意外と綺麗です。ハンガー部分のJVCロゴも鏡面仕上げですし、しっかりとした質感のプラスチック素材とか、赤と青で左右色違いのリングとか、細部を観察してみると、かなり入念にこだわっているなと思わせるデザインです。

鏡面仕上げのJVCにロゴや、高精度なプラスチックパーツなど、品質は高いです

旧モデルHA-MX10-Bは店頭で何度か試聴したのみで、所有していないのですが、デザイン的にはセンターのアルミパーツが銀色になったくらいの違いのようです。旧モデルのほうがプラスチックがもっとカチャカチャしていたような気もします。

ヘッドバンドの調整はカチカチと小気味よいです

ヘッドバンドの調整スライダー部分はとても高品質に作られており、耐久性が高そうです。スライダーはカチカチと目盛りをあわせるタイプなのですが、このカチカチ動かす感触が固くもなく、緩くもなく、とても快適です。これまで使ってきたヘッドホンの中でも、カチカチフィーリングはトップクラスです。

また、イヤーカップはヒンジで若干回転するようになっていますが、顔の輪郭に合わせるために前後にほんの10°くらい動くだけで、DJモニターヘッドホンなどのように完全フラットに畳んだりはできません。

実際、ATH-M50xなどのグルグル回転できるタイプは、即座に手にとって装着しようとすると予測不能な動きをして不便なことが多いので、自宅やスタジオで据置きするならば無駄な回転機構は無いほうが良いです。

ドライバはとても精巧に組み上げられています

イヤーパッドは簡単に取り外しが可能で、中のドライバはしっかりとした金属グリルに保護されているのが業務用っぽいですね。周囲の白いフェルト材も音響効果があるのでしょうか。シンプルながら「組み立て精度が高い」と実感できるくらい、しっかりと作られています。

ケーブルは左側片出しで、着脱はできません

ケーブルは2.5mの左側片出しで、ヘッドホン本体に固定されているので、着脱はできません。最近どのヘッドホンも着脱可能なケーブルを採用しているものが増えているので、今回このヘッドホンがケーブル着脱不能なのは意外でした。

コンシューマ向けのJVC WOODやSIGNAヘッドホンは着脱できるので、今回の判断はそれなりの理由があったのでしょう。

個人的な意見としては、万が一断線しても容易に交換できるようスペアケーブルを常備したいですし、カールコード必須という状況もあります。とくに、出先で使うことが多い場合、機材トランクをガシャンと締めるときにケーブルを潰してしまうなんて経験は誰でも一度はあると思います。

たしかに着脱ギミックが無いほうが耐久性や信頼性が高いのかもしれませんが、実際AKGのミニXLRとか過去の業務用実績は豊富にあるので、セールス的にここは着脱可能な方が良かったかもしれません。実際、家庭での音楽鑑賞に使うのであれば、1.2mくらいのショートケーブルが欲しいな、なんて思う程度です。

自作以外ではあまり見ないアンフェノール製3.5mm

ケーブルのコネクタは3.5mmステレオ端子です。スタジオモニターで2.5mケーブルというと、通常は6.35mm端子なのですが、最近はDAW機器などもコンパクト化が進んでいるので、あえて3.5mmを選んだのでしょう。

3.5mmコネクタは、今回なぜか独自デザインでなくアンフェノールのやつを採用しています。アンフェノールというとアメリカでは最大手の産業用コネクターメーカーですが、日本では自作オーディオというとオヤイデやフルテック、ヨーロッパ(リヒテンシュタイン)のノイトリックとか、アメリカのスイッチクラフトとかのほうが有名ですね。

このアンフェノール製ステレオジャックは安いわりにそこそこ品質がよく、ハンダとかも乗りやすいので私自身も長年愛用してます(とくに6.35mmのやつは良いです)。このヘッドホンに使われているやつは、同じアンフェノールでも私が普段バラ売りで買っている3.5mmジャックより高級っぽい見た目なので嬉しいです。

HA-SW01と並べてみました

HA-SW01「WOOD 01」ヘッドホンとデザインを比較してみました。こっちも発売当時に興味を持って買ったので、なんだかんだいって、私は内心JVCが好きなようです。イヤホンのHA-FX1100も持っています。

デザインは同じメーカーだから似ているかと思いきや、全くの別物で、兼用パーツはまったく無さそうです。WOOD 01の方が重厚でイヤーパッドやヘッドバンドも分厚く、リスナーを包み込むようなしっかりとしたホールド感です。サウンドに関してはもはや比較出来る要素が皆無というくらい別物です。WOOD 01はクセが強く万能選手ではありませんが、生楽器の響きは一級品なので、今でも頻繁に使っています。

音質について

今回の試聴には、私が普段活用しているCowon Plenue Sと、Chord Mojoを使ってみました。HA-MX100-Zは56Ω、107dB/mWということで、まさに「無難」で鳴らしやすいスペックです。ポータブルDAPなどでも問題なく音量が得られました。

音質についての感想は、本来ならば旧モデルの「HA-MX10-B」と比較するのが正当なのですが、私自身が所有していませんし、試聴した限りではHA-MX100-Zの方が圧倒的に優れていると思ったため、比べるのはやめました。

少なくとも、旧モデルのほうは値段相応(13,000円くらい)というか、個人的に「買いたい」と興味がわくほどのヘッドホンでは無かったです。実際旧モデルのサウンドを熟知している人は少数派でしょうし、もし愛用しているJVCマニアがいたら、こんなのを読まずとも、真っ先に今回のニューモデルを買っていることでしょう。

HA-MX100-Zのサウンド傾向は、中域重視で、刺激が少なく、マイルドで聴きやすい、といった印象でした。

高域のヌケの良さはイマイチですが、解像感は高く、あえてシャリシャリしないよう丁寧に気を使っているような感じです。たとえばヴァイオリンとかを聴くと、スッと残響が引いていく感じとか、空間の奥行きはよく出て、ちゃんと最後まで鳴りきっていると感じ取れるのが優秀だと思いました。

全体的に、このコンパクトで薄いハウジングからは想像出来ないほど丁寧で完成されたサウンドで、この手のヘッドホンでよくありがちなハウジング反響による中域の濁った響きや、歪みなんかは一切感じ取れません。モニターヘッドホンといっても、シビアな分析力よりも、長時間のリスニングでの疲労感を極力抑えた設計なのかもしれません。

低音はそこそこあり、量感は豊かですが、コントラバスやティンパニなどでは若干空気の流れが耳障りに感じることもあります。

モニターらしく音像の配置は安定しており、大編成のコンチェルトのような複雑な録音であっても、迫り来るオーケストラの波と、どっしりと腰の座ったソリストの音色が、良いコントラストを生んでいます。とくにステレオ初期の頃のヴァイオリン協奏曲を聴いてみても、余計なノイズが気にならず、ソリストを左右からオケがふわっとした空気感で包み込んでくれるような感じで、センターに集中すればソリストが味わえ、全体を聴けば豊かな音響が味わえ、と一石二鳥な仕上がりでした。



Dinara Alievaの歌うロシア歌曲集を聴いてみました。性格が悪そうなお姉さんのジャケットに目が惹かれてしまいますが、内容はチャイコフスキー、リムスキー=コルサコフとラフマニノフによるオペラアリア集といった感じです。一部編曲アレンジも入ってます。とくにチャイコフスキーの「スペードの女王」とか「エフゲニー・オネーギン」なんかは、オペラ全曲を通して聴くとけっこうタルいので(ファンには申し訳ないですが)、こういうアリア集でつまみ食いするのが好きです。

歌手のAlievaさんはアゼルバイジャン出身の現役ソプラノで、サンクトペテルブルクのミハイロフスキー劇場とかを中心に活躍しているようです。ミハイロフスキー劇場といえば経営体制に関して面白い話題が絶えませんが、こないだオーナーが破産したとかニュースになってましたね。

ちなみにこのアルバムは2011年にNaxosレーベルから発売されたものですが、2015年になって2xHDレーベルからリマスターされたものが登場しました。2xHD処理については以前簡単に紹介しましたが(→ 2015年 最近のDSDブームとか、DSD256 高音質アルバムとか(後半))、デジタル録音を一旦アナログ機材で微調整した上で、再度ハイレゾデジタル録音するという手法を駆使した芸術的(?)なレーベルです。

オリジナルのNaxos版も音が悪いわけではなく、そちらも96kHz・24bitハイレゾPCMで配信されているのですが、2xHDはDSD128 (5.6MHz)で売られています。以前買ったNaxos 96kHz版を気に入ってよく聴いていたので、面白半分で2xHDのDSD128版もどんなものかと買ってみました。

話がそれますが、このような事後処理的な「リマスター」というと、以前JVCがハイレゾと称してK2アップサンプルの音源を売ってるのは詐欺だなんて論争があったのを思い出します。個人的な意見としては、ちゃんと人の耳での判断を経た手法で(もちろんパソコンソフトでワンタッチで出来るようなギミックで無く)、音質が向上するのであれば、アップサンプルや再マスタリングでも、なんでも良いと思います。もちろんちゃんと表記してあることが前提です。私の場合、ハイレゾダウンロード楽曲が怪しいなと思う最大の理由は、どういった手法や工程を使ったのかわからない場合です。その点、2xHDレーベルの手法は、オーディオ愛好家としてのマニア愛を評価したいです。

今回Naxosと2xHDどちらのバージョンが良いかとなると、DACなどの環境によって結構左右されると思いますが、私の場合では、Naxos版の方がハイレゾっぽく高域がスカッと抜けてギラギラした音色でした。若干響きにうねりのような落ち着きの無さが感じられ、派手に広がりを持たせた印象です。一方2xHD版の方が重低音がドスンと響いて、声や楽器が「コシがある」安定感を持っているようでした。キラキラ感は控えめなのですが、ゆったりと音楽鑑賞を楽しむならこっちが良いと思いました。DSD128版は高い(US$30とか)ですし、実際フォーマットがDSD128である必要があるかは懐疑的ですが、再生できる環境であればチャレンジしてみるのも一興です。

HA-MX100-Zは、こういった「歌手と伴奏」といった構成が非常に得意なヘッドホンだと思います。さすが一流ヴォーカルアーティストを多数契約しているビクターならではといったプライドなのかもしれません。

声が大音量になっても、潰れたり攻撃的に刺さったりせず、どの音量でもまったく同じような音色のクオリティが味わえます。ドライバの特性が幅広い音量に耐えうる設計であることと、ハウジングの反響が悪さをしないという、どちらも当たり前のようで、意外と他社のハイエンドヘッドホンですら苦労しているポイントを、この25,000円のヘッドホンで軽々と達成しています。音量が低いときは綺麗でも、いざ音量を上げると歪みが発生する限界が低かったり、音量次第でハウジング共振の濁りが現れたりするヘッドホンは意外と多いです。

また、どんなに優秀なヘッドホンでも、ソプラノ歌手というのはやたらキンキン刺さりやすかったり、または逆にアルトっぽく太くなりすぎたりと、表情がガラリと変わるため、オーディオ的に上手に(正しく)表現するのが難しい課題なのですが、HA-MX100-Zでは、派手さは控えめなものの、非常に丁寧で彫りが深く、立体的に表現できています。滑舌も伸びも響きも十分で、しなやかさを持っています。

また、低音の空間が広いせいか、歌手とオーケストラの分離が良いです。前面と背景とのコントラストがよく出ています。この録音自体、歌手メインで、オーケストラは極力バックグラウンドに徹しているため、ビロードのカーテンのように歌手を暖かく包み込む演出が上手に再現できています。

欲を言えば、もうすこし切れ味というか、空気の爽快感があって欲しいなと思いました。特に最新のハイレゾ録音などでは、ホールの空気感や楽器の響きの高域成分を大事にしているものが多いので、それらを体感できるような仕上がりも重要かと思います(そこかJVCとソニーの方向性の違いでしょうか)。


ヴァーヴ・レコードから、エラ・フィッツジェラルドの「Sings Sweet Songs for Swingers」を192kHz PCMで聴いてみました。エラのアルバムは数が多すぎて、各作曲家ごとの名曲をカタログ化した「Songbook」シリーズだけでもお腹いっぱいになってしまいそうですが、このアルバムのようにヒット曲をかいつまんだ単発リサイタルのようなのも悪くないです。

Songbookシリーズを聴いていると、アルバムの半分くらいでなんとなく飽きてくるというか、聴きたい曲まで飛ばしたくなってしまうので、やっぱりどんな名曲であっても、同じ作曲家が書いた曲ばかりというのは、メロディとかの手法が似てくるんでしょうかね。

この「Sings Sweet Songs...」というアルバムは1959年のステレオ録音で、バックは中編成ジャズバンド(ビッグバンドや弦入りオケよりはコンパクト)なので、あまり甘々でないのが良いです。録音状態は素晴らしく、変な歪みや音割れは皆無です。

これまで通勤中とかにイヤホンで聴いていると、若干高域寄りでシャカシャカした仕上がりだなと感じており、自宅でたとえばHD800とかで聴いても、テープヒスやハイハットの刺激が気になるアルバムでした。

そんなアルバムですが、HA-MX100-Zを使うことで、高域はおとなしくコントロールされ、先ほどのオペラチックなソプラノ歌手の場合と同様に、エラ・フィッツジェラルドの歌声が音像の中心にドシンと存在を主張しています。

音像は近めで、三角形のピラミッド型というか、低音がふくよかに包み込み、中域を中心に置いて、高域はサラッと軽快に仕上げてあります。中域のトーンを大切にして、シルキーな音色を奏でます。バックグラウンドの伴奏がどんなに分厚く、複雑になっても、歌手の周りに十分なスペースが空いており、まさに「スポットライトを当てた」ような、上品なムード満載です。

オペラやジャズ・シンガーだけに限らず、たとえば昭和の歌謡曲とか、「歌が上手い」「歌い方に魅力がある」「声の音色を味わいたい」といった音楽にピッタリ合うヘッドホンだと思います。

それでいて、他社のヘッドホンでありがちな「キラキラ、ツヤツヤした音色」というのとは正反対なのが不思議です。全くツヤっぽさが感じられない素朴な仕上がりなのに、なぜか音色は美しいので、「こんな表現の仕方もあるんだな」と関心しました。

硬質な金属感が一切せず、「つや消し」のようなイメージです。JVCといえば木製のウッドコーン、ウッドハウジングの製品なんかが有名ですが、このHA-MX100-Zは、ウッド的なパーツは一切含まれていないにも関わらず、そんな「ウッドっぽい」印象を感じます。家具なんかに例えると、ガラスでも金属でもプラスチックでもない、重厚で優しいアンティークなウォルナット木製家具のような柔らかい美しさです。

JVCの開発者の方にとっては心外かもしれませんが、このあいだ購入して紹介したHA-SW01「WOOD 01」というウッドドライバを搭載したヘッドホンとくらべても、こっちのHA-MX100-Zのほうがより「ウッド」っぽいサウンドのように思えてしまいました。

非常に聴きやすく完成度の高いヘッドホンなのですが、ちょっと問題だと感じるのは、まず高域が結構マイルドなので、これは「モニターヘッドホン」として録音のアラ探しみたいなのに向いていないかもしれません。

そこそこノイズや破綻のあるような悪い録音でも、何気なく上品に再生してしまう余裕がありすぎます。また、空間の分析力が甘いので、擬似的なリバーブを聴きとる時など、複雑なコンボリューション系でも、古典的なプレート系でも、「うん。なんか、これで良いよね」とそれで話が済んでしまうような許容範囲の広さがあります。つまりシビアな追い込みをするには、サウンドが優しすぎるようです。

高域と空間の表現が優しいのは、ゆったりとしたリスニング用として使うには、あまり深く考えなくてもいいので、逆に良い傾向といえるかもしれません。

低音に関しては、好き嫌いが分かれます。個人的には、モニターヘッドホンと言うには「バスレフっぽい」空気の流れが怠慢すぎるように感じました。

確かに量感は十分で、ジャズのコントラバスもしっかりボンボンと体感できる低音の響きが感じられます。しかし、どんな曲を聴いても、どうしても低音だけがワンテンポ遅れるというか、本来あるべきタイミングから若干ズレているような、もどかしさを常に感じます。

位相ズレというほどフィルター的なねじれは感じられないので、それよりももっと単純にある周波数以下の帯域が時間差で遅れているような印象です。大げさに言えば、ジャズのウッドベースの演奏が、「ボンッ、ボンッ、ボンッ、ボンッ」とリズムを刻むのではなく、「ンボンッ、ンボンッ、ンボンッ、ンボンッ、」といった一瞬の「溜め」みたいな鳴り方です。

実はこの低域の「ユルさ」が、音楽全体の「マイルドさ」に貢献しているのかもしれません。気にせず聴いていれば心地よい低音の響きですし、今回搭載された「デュアル・クリアバスポート」バスレフダクトのおかげなのか、低音の響きがドライバとは別の空間から鳴っているように聴こえるので、音楽の邪魔になるようなことはありません。ドライバが真面目に音楽を奏でている後ろで、ハウジングからマイルドなベースの響きが聴こえてくる、みたいな分離の良さが感じられます。

おわりに

このHA-MX100-Zが凄いのは、25,000円という値段と、ベーシックな見た目からは想像できないほど高い絶対性能を秘めていることです。

2万円を切る価格帯だと、オーディオテクニカATH-M50xや、ソニーMDR-CD900ST、そしてAKG K240なんかが、各ジャンルの王道モニターヘッドホンとして君臨しています。

25,000円くらいの予算になると、リスニング用途ではソニーMDR-1Aとか、ゼンハイザーHD598みたいな定番モデルがつねに候補に上がります。

それらのベストセラーモデルと比較しても、このHA-MX100-Zに近い系統の、ゆったりとした自然な鳴り方を追求しているヘッドホンは思い当たらないので、意外と第三の選択肢として定着してくれるかもしれません。

10万円のハイエンドヘッドホンとかと比べると、この低価格帯で完璧を求めるのは難しく、どのモデルも一長一短のクセが目立つのですが、その中でもHA-MX100-Zはかなりバランスよく、これといって低コストに由来する不具合もなく、他社よりもワンランク上の落ち着いた仕上がりです。

では本格的モニターヘッドホンとしてはどうか?となると、実際世の中のモニターヘッドホンは千差万別なので、なかなか「合格・不合格」なんて評価はできません。若干マイルドすぎる傾向はありますが、少なくとも、冒頭で提示したモニターヘッドホンの特徴をそこそこ満たしている製品だと思います。

実際のところ、有名な大手スタジオのミックスダウン、マスタリング風景を見ると、K701やHD800、そしてHD600みたいな、我々オーディオマニアが愛用するハイエンドヘッドホンが日々の業務でちゃんと使われていたりするので、あまり「どれがモニター的か」という定義にこだわる必要は無いのかもしれません。

そういえば、余談になりますが、先日オランダのクラシック高音質レーベル「Channel Classics」の2015年録音風景プロモーション動画をYoutubeの公式チャンネルで見たのですが、なんと2015年になっても、録音中のサウンドチェックにAKG K1000を使っているシーンがありました。

K1000が登場したのは1990年ごろだったので、25年間も現役プロフェッショナルモニターヘッドホンとして使われていることになります。しかもクラシック業界で高音質を第一線で貫いているChannel Classicsというのが驚きです。


ちなみにChannel ClassicsのYoutube動画は、どれも録音中のアーティストの振る舞いとか、機材セットアップとかがちゃんと映されていて、マニア的に素晴らしいです。ボリビアでバロック音楽を録音しに行く動画なんか、ミニドキュメンタリー風で楽しませてくれます。

全然チェックしてなかったアーティストや作曲家でも、紹介動画の録音シーンを見たせいで、ついアルバムを買いたくなってしまうので、ビジネス的にも効果的です。他のレコードレーベルもカッコだけの意味不明なPVとかだけじゃなくて、もっとこういうところを見習って欲しいです。

JVC HA-MX100-Zの話に戻りますが、サウンドの傾向を他社ヘッドホンとくらべてみると、なかなか位置づけが難しいモデルだと思いました。

ここから上のクラスに行くとなると、たとえばShure SRH1540とかは傾向が近いと思います。Shureのほうがよりドライですが、低域のコントロールが上手で、密閉型ヘッドホンの中ではトップクラスに安定しています。それでいてシビアな息苦しさは無く、マイルドで親しみやすいサウンド、というところが、このJVCと似ています。

高音の金属感と低音の豊かさをより多めに追求すると、ソニーMDR-Z7とかでしょうか。ソニーの装着感は超快適で、サウンドもより前後の空間が広いですし、リケーブルなんかで好みのサウンドを追い込みやすい、奥が深いヘッドホンです。

もうちょっとタイトなモニター系となると、ベイヤーダイナミックDT1770も特出したクセが無く、地味に鳴らしきるスタイルが似ているかもしれません。それよりも音色を求めたいならゼンハイザーHD650なんかに近づく感じです。個人的には最近Fostex TH610も気に入っています。

HA-MX100-ZとDT1770は結構似ているのですが、DT1770のほうが音が締まっており、JVCは空間がもっとふわっとしています。その分JVCのほうがセンターに余裕があって懐が広いので、リスニングではこちらのほうが楽しめます。DT1770はより響きが抑制されており、コンソール上でテープをモニタリングしているような澄んだ透明感があるので、奥の方まできちんと解像しているな、という自信を誇っています。オケの楽器が点々と空間に配置されているのがDT1770で、ふわっと波で押し寄せるのがJVCだと思います。

なんだかんだ言って、結局このHA-MX100-Zの25,000円という価格を超越して、より高価なヘッドホンとの比較を真剣に考えてしまうのは、それだけこのヘッドホンの能力が高いということの証なのかもしれません。

オーディオマニア的に、メインのヘッドホンとして使うには、若干タイミングが緩くリラックスしすぎて物足りなく感じる事もあると思いますが、値段も安いですし、とりあえず買ってその辺においておけば、なにかしら様々な用途で役に立つ万能選手だと思います。買ってから言うのもなんですが、正直ここまで高性能だとは想像しておらず、見た目のシンプルさで侮っていたので、JVC開発者の技量に驚かされました。