2017年3月24日金曜日

iBasso IT03 イヤホンの試聴レビュー

iBassoのIEMイヤホン「IT03」を試聴してきたので、印象とかを書きとめておきます。

バランスド・アーマチュア(BA)2基とダイナミックドライバ1基を搭載した3WAYハイブリッド構成でありながら、価格は4万円くらいと、最近高騰するイヤホン市場の中でも手頃なモデルです。

iBasso IT03イヤホンとD14ポタアン

2016年夏頃のイベントなどで試聴デモ機が出回っていて、海外では年末に発売したものの、日本国内では一部の並行輸入品などを除いてなかなか目にする機会がありません。この価格帯としてはサウンドもスペックもかなり優秀で、話題に上がらないのは非常に惜しいと思ったので、今回試聴がてら紹介しようと思いました。


iBasso

iBassoはポータブルオーディオ機器で有名な中国のメーカーで、日本でもDAPやポタアンなどはそこそこ人気があります。

DX80は結構長い間愛用していました

最近のDX200やPB3など、デザインがカッコよくなってます

以前からDX90J、DX80、D ZERO、D14といった商品が日本国内の家電店などでも流通していますが、ここ数カ月間で新たに登場した最上級DAP「DX200」や、新規デザインの薄型ポタアン「PB3」などは今のところ日本の代理店は取り扱っていません。このIT03イヤホンも同じような状況のようです。アマゾンで探すと、並行輸入品しか見つかりませんでした。

iBassoは基本的に中国国内のローカル市場をメインに据えているようで、日本に限らず、海外向けに商品を代理店経由で展開することにはあまり積極的ではないようです。

HIFIMANみたいに直販システムをプッシュしたいのかもしれませんが、それにしては英語版の公式サイトもしょぼいですし、紹介されている商品ラインナップも中国サイトほど充実していないので、一貫性が無いというか、一体どういったポリシーで販売戦略を行っているのかイマイチよくわからない会社です。

これまでのiBassoは、基本的にアンプやDAPなどソース機器のみに専念している会社だという印象があったため、今回初めての真面目なイヤホン「IT03」が登場して、「あのiBassoがイヤホンを?」という驚きがありました。

個人的にこれまで同社のDAPやポタアン製品を色々と使ってきた上でのブランドイメージというと、「アナログ的な豊かさのあるサウンドを尊重しており、音作りの理想が高く、チューニングに入念な努力を怠らない一方で、インターフェースやソフト的な部分は詰めが甘く、理想が低い」といった印象です。

世間のユーザーフィードバックをあまり気にせず、とりあえず造りたいものを造る、良い音が出れば合格、といった猪突猛進タイプの会社と言えます。その辺は、たとえば同じく中国メーカーでも、Facebookや掲示板のユーザー意見に依存しすぎて、つねにトレンドを意識し、手広くやろうとするFiiOとは対照的かもしれません。

インターフェースやデジタルソフトが弱いというのはDAPやDACでは致命的ですが、イヤホンではあまり関係無いことなので、iBasso持ち前のサウンドチューニングのスキルを発揮できることが期待できます。

なんだか、同じく中国のHIFIMANに近い部分があるかもしれません。あちらはもっと極端に、素晴らしい音質のヘッドホンラインナップがある一方で、HM901 DAPのインターフェース完成度の低さやバグの多さはもはや伝説的です。(HIFIMANと同列に扱うのはiBassoに失礼ですね・・・)。

ところで、中国のイヤホンメーカーというと、日本ではあまり流通していませんが、ここ2~3年の世界的なイヤホンブームのおかげで星の数ほどの無名ローカルブランドが乱立しており、一つの生産工場から、形を変え、色を変え、十のブランド名で商品を作っているのが現状です。このIT03も、どうせiBassoのブランドロゴを印刷しただけの安易なOEM品なのかな、なんて思ったのですが、実際は開発の初期段階からiBassoが入念に関与していたオリジナルモデルだそうです。

ちなみに、中国のヤフオクみたいなサイトでは「1万円で、SE846を凌駕するサウンド!」なんて誇らしげに書いてある無名な低価格イヤホンが山ほどあるのですが(最近では日本のアマゾンでも「スポンサープロダクト」としてそういうのが増えてますね)、実際に色々と試聴してみると、サウンドはまだまだ幼稚だな、と思うことが多いです。おおまかな傾向として、ドンシャリな解像感を強めて、デザイン重視で、肝心のハウジング設計の音響チューニングができておらず、なんとなく10年前のイヤホンと同程度の粗さやクセの強さを感じさせるものが多いです。

商品そのもののクオリティも、豪華なパッケージとは裏腹に、本体が粗悪なものが多く、「あちらでは、まだこの程度で満足してるのか・・」と落胆することが多いです。切削跡が尖っていたり、プラスチックの嵌合がズレていたり、接着剤がはみ出ていたり、なんだか素人が作ったプラモデルや、粗悪な完成品フィギュア・ミニチュア、と言えば想像してもらえると思います。

たかだか1万円くらいのイヤホンで文句を言うな、と指摘されそうですが、近頃はそれらの無名メーカーが、だんだんと「ハイエンド」を主張してきており、同じ粗悪品に銀メッキケーブルを付属しただけで5万円以上で販売したりして、それで満足している客層がいるということに業界の歪みを感じます。格安だとは言っても、現状やっぱり1万円で破格のサウンドを実現することはなかなか難しいので、値段相応といった言葉を大事にしないといけないな、ということです。

実際、中国国内の富裕層に流行っているイヤホンというと、未だにK3003やSE846といった、一昔前の高級渡来品が常に上位ランクを抑えている感じなので、日々新作に興味津々で貪欲な日本のマニアと比べると、若干保守的というか、有名海外ブランド信奉みたいなものが根強いのかもしれません。

IT03

なぜ中国ブランドイヤホンのことに話が逸れてしまったかというと、今回このiBasso IT03を試聴してみて感じたのは、4万円(中国からの直販で3万円弱くらい)という価格は数ある中国製イヤホンの中でも(カスタムIEMブランドなどを除いて)比較的高価な部類なだけあって、製品そのもののクオリティは非常に高く、同価格帯のオーディオテクニカやShureなどと較べても見劣りしない仕上がりだと思います。

公式サイトから、付属アクセサリはこんな感じだそうです
かなり複雑な形状です

内側にIT03とL/Rのマークが印刷されています

シェルハウジングは黒いプラスチックそのままで、表面に薄っすらとiBassoの三角ロゴが見えるだけなので、なんだか試作プロトタイプのようなストイックさを醸し出しています。価格を抑えるには、こういった部分が肝心なのかもしれまん。

最近では2〜3万円のイヤホンでも豪華絢爛なシェルデザインのものが多いですが、逆に肝心の中身はどれだけケチってるのかと疑ってしまいます。その点このIT03は外観のチープさゆえに100%中身勝負のようです。

そういえば、冒頭の写真でIT03と一緒に撮ったiBassoのポタアン「D14」なんかも、「月刊ラジオ技術」の自作キットだろうと心配するほどチープなデザインなので、そんな無頓着ぶりはあいかわらずiBassoらしいです。日本だと一昔前のラトック・システム製品みたいな感じですね。

装着時は大体こんな感じです
Westone UM-PRO30と比較してみると巨大さがわかります

ハウジングの形状はIEMイヤホンの中でもかなり巨大で、複雑な曲線を描いています。ユニバーサルタイプなのに、人間の耳形を採取したカスタムIEMかと思ってしまうほど有機的なフォルムです。なんとなくハマグリ貝(の中身)とかを連想してしまいます。

個人差はあると思いますが、私の耳ではスムーズにピッタリ装着できて、密閉具合も良く、移動中も外れにくく、かなり快適でした。この手のIEMイヤホンの中ではトップクラスに良好なフィット感だと思います。

大きめなシルエットですが、厚みはあまり無いので、装着後も一見カスタムIEMかのように安定してくれますし、耳穴付近の広い面積にピッタリ密着するので、遮音性も抜群です。薄いプラスチックシェルなので見た目以上に軽量だということも、外れにくさに貢献しているのかもしれません。耳孔付近が小さい人の場合、この大きなシェルハウジング全体がちゃんと収まってくれるかどうかが若干心配です。

イヤーチップはソニーサイズなので、付属シリコン以外にも幅広い選択肢があります。私は普段から使い慣れたSpinFitのMサイズを使いました。

出音グリル周辺にベタベタした接着剤がはみ出てます

音導管先端にある金属グリルで耳垢の侵入を防いでいます。写真で見られるように、このグリル周辺に透明の接着剤みたいなベタベタがはみ出ていました。指で触るごとにボロボロと剥がれていくので、最終的に金属グリルが外れてしまうんじゃないかとちょっと心配になります。他の部分のクオリティは上出来なのですが、品質面ではコレだけは失格でした。

音導管の口径は広いので、マルチBA型イヤホンによくあるような、各帯域ドライバが個別のチューブが伸びているタイプでは無さそうです。その辺の設計はハイブリッド型でもどちらかというとダイナミック型に近いのかもしれません。

内部はこんな感じになっているようです

公式サイトに内部の展開図がありました。ボタン電池みたいな形の大型ダイナミックドライバの手前に二基の長方形BAドライバをそのまま配置しているのは、AKG K3003なんかと同じ構成です。ダイナミック+2BAで、3WAYクロスオーバーと書いてあるので、低中高にそれぞれドライバを割り振っているのでしょうか。

IT03とK3003はどちらも公称インピーダンスが8Ωで、展開図を見比べるとかなり似てるので、設計段階からK3003を意識していただろうと思われます。もちろん、内部の構造が似ているからといって同じサウンドになるわけではないのがイヤホンの面白いところです。

AKG K3003はこんな感じなので、とても似てますね

ただしK3003の3種類の交換式音響フィルタはIT03にはありません。ハウジングデザインも、ボタン電池みたいな形のK3003と比べると、IT03の方が人間の耳にフィットしやすい形状ですし、ケーブルも着脱可能であったり、よりマニアックな方向への進化が感じられます。一方K3003はそのシンプルな見た目から、シュアー掛けタイプに拒絶反応を起こすカジュアルユーザーに大人気だったのですが。

MMCXコネクタです

IT03のケーブルはMMCXタイプで、しかも端子がハウジング表面に飛び出しているので、社外品交換ケーブルに寛容なのが嬉しいです。他社のイヤホンの場合、たとえばWestoneとか、同じくMMCXなのにコネクタ部分が狭くて、太い社外品ケーブルだと装着できなかったりなんて事もあるので、このIT03のデザインは実用的でありがたいです。ただ、MMCXなのでケーブルがグルグル回ってしまうため、慣れるまで装着には若干手間取ります。

付属ケーブル

付属ケーブルは一般的な黒いビニールタイプで、アンプ側は3.5mmのL字型コネクタです。手触りもサウンドもそんなに悪いものだとは思いませんが、まあ色々なケーブルを試してみたくなります。

こういうのもあるそうです

iBassoからも公式でアップグレードケーブルを販売しているようです。iBasso CB12という派手な編み込みタイプのケーブルをネットで見つけましたが、残念ながらわざわざ輸入してまで手に入れるのは面倒そうだったので断念しました。

Fiioのケーブルを使ってみました

iBassoには申し訳ないのですが、ライバルFiiOのMMCX → 2.5mmバランスケーブルが丁度手元にあったので装着してみたところ、何の問題もなく快適に使えました。このFiiOのケーブルは4,000円程度で買える割に品質が良くて気に入っています。

このケーブルを使うことで高域のクリアな感じが向上して、付属ケーブルのモコモコした雰囲気がずいぶん解消されました。イヤホン本体がダイナミックドライバを搭載しているので、たぶんマルチBAなどでは使いづらいシャープなサウンドのケーブルでも相性が良いかもしれません。

新タイプ(上)と旧タイプ(下)のFiioケーブル

余談になりますが、昨年まで販売されていたFiiO製イヤホンケーブルは、パッケージに「OYAIDE PCOCC」と書いてあったのですが、最近になってこの表記が消えて、ケーブル線材も変わったようです。見た目では、Y分岐やMMCX端子部分が従来のグレーから透明になりました。

従来のPCOCCタイプは固くてクセが付きやすかったのですが、新タイプはさらに細くなり、柔軟性もちょっと上がったので使用感は良くなりました。サウンドも、PCOCCの方がネームバリューはありますし、低価格ケーブルの中でもけっこう優秀だったのですが、私自身は新タイプの方が好みです。

旧タイプは若干サウンドがふにゃふにゃしており、なんとなく色艶重視で腰が座ってない不安定な感じだったのですが、新タイプはいわゆる普通の高解像ケーブルといった感じで、歯切れが良くフレッシュな印象です。4,000円程度のケーブルとしてはかなり良好だと思ったので(Shureの純正ケーブルとかよりも安いですし)、2.5mmバランス端子で2PINタイプとMMCXタイプの両方を買ってしまいました。こういう小さな出費の積み重ねが財布に響くんですよね。

音質とか

今回の試聴には、いつもどおりCowon Plenue Sと、2.5mmバランスケーブルを試してみたかったので、AK240SSも使いました。

久しぶりにAK240SSを使ってみました

IT03は公式スペックによると8Ω、105dB(/mW?)ということなので、イヤホンの中でもインピーダンスがかなり低い部類です。3WAYハイブリッドということは周波数ごとにインピーダンス乱れもあると思いますので、できるだけ出力インピーダンスの低い、強力なアンプと組み合わせたいです。能率は高いので、3.5mm接続でPlenue S・AK240SSのどちらでも満足に駆動できました。クラシック録音などでもAK240SSでボリューム100/140くらいが適正だったので、他のAK DAPでも大体同じくらいでしょう。



Criss Crossレーベルから新譜でDavid Binney 「The Time Verses」を聴いてみました。バリバリ吹く系のサックス奏者で、かなりの数のリーダーアルバムを出しているベテランアーティストDavid Binneyですが、この新作アルバムはシンセを混ぜたフュージョンっぽいアルバムでした。前作「Anacapa」ほど80年代臭くはありません。

今回のアルバムではめまぐるしいリズムの渦の中で狂ったように吹きまくっていて、70年代のショーターとウェザー・リポートみたいなノスタルジックさがあり、リバイバルなのか新機軸なのかいまいちよくわからない意欲作です。どうでもいいことですが、Criss CrossレーベルはなぜかDavid Binneyだけデジパック仕様なのは止めてほしいです。

多分ライバル意識があるだろうK3003と比較してみます

ドライバ構成が似ているということで、今回はIT03とAKG K3003を聴き比べてみました。4万円台のIT03と12万円台のK3003では不釣り合いに思えるかもしれませんが、K3003はすでに6年前の商品なので、現代のモデルの進歩を確認してみるのも面白いです。

安直と言われるかもしれませんが、BAとダイナミックドライバを周波数帯ごとに使い分けている「ハイブリッド型」イヤホンだからこそ、なのかもしれませんが、IT03とK3003のサウンドを比較してみると、「高域・中域・低域」という三つの周波数帯域ごとに明確な個性が感じられるように思いました。

まず、高域の表現に、両者の一番大きな違いが感じられました。AKG K3003はたしかに高域が目立つイヤホンですが、「アタックが刺さる」とか、「ドライでシビア」、といった感じではなく、どちらかと言うとアタック感は抑え気味で、後続する響きが非常に強調されている印象を受けます。とくに、JH AudioやNoble Audioなどの高級マルチBA型IEMと比較すると、どうしても余計な響きが付帯して味付けが濃いように聴こえてしまいます。

たとえば、ジャズ・ドラムでは定番の、チキチキ叩きまくるハイハットなんかは、K3003で聴くと、スティックがハイハットにぶつかる打撃音はあまりリアルでなく、コンプレッサーを強めにかけているかのように音圧が平坦に圧縮された感じで、一方、響きはシャンシャンと飛散します。

同じアルバムをIT03で聴いてみると、このハイハットの打撃感がK3003よりも数段リアルで、チッ!カツッ!というヒットそのものに説得力があります。その一方で余韻や響きはK3003ほど伸びません。耳に刺さるという意味では、K3003よりもIT03の方が刺激的かもしれませんが、ギリギリ刺さらないところにチューニングで押さえ込んだ、しかも過度に抑えすぎていない、という絶妙さを感じさせてくれます。

個人的な趣味趣向としては、こういった生楽器の高域の「リアルさ」という意味では、K3003よりもIT03の方が好みでした。K3003の高域が嫌いだというわけではありませんが、IT03と比べると演出というか化粧が濃いような印象を受けます。

ハイハットを例に挙げたのには実は理由があります。実際ライブの生演奏で聴くハイハット・シンバルなどのサウンドに、より近いと思ったのがIT03でした。一方K3003の方は、実在する生楽器のハイハットという風にはどうしても思えなく、このサウンドは、どちらかというと、DTMソフトライブラリで呼び出す、サンプラー音源のハイハットのように聴こえてしまいます。シーケンサーのドラムパターンのように、一音一音に微小な強弱の差が無く、同じ音の繰り返しのようです。さらに実際のスタジオやジャズバーなどの会場ではありえないような派手な響きを演出させているところが、リアリズムを損なっているように思います。

K3003の高域はダメなのか、というと、そういうわけではなく、たとえばそんなDTM主体のドラムビートに乗ったスタジオプロデュースの女性ボーカルなんかだと、そもそも打ち込みの時点でコンプレッサーかかりまくりなので、K3003の平坦さは気になりませんし、刺さりを抑えて響きを強調するK3003の鳴り方は、美音という意味で、むしろ長所になります。

ちなみに、同じアルバムをWestone UM-PRO30で聴いてみました。IT03と同価格帯のよきライバルだと思います。UM-PRO30は個人的に気に入っていて、長年様々な雑用に愛用しているイヤホンですが、IT03・K3003と比べると、圧倒的に高音の表現力が不足しており、アタックも響きも雑っぽく魅力に欠けています。

UM-PRO30だけを聴いている時はあまり気にならないのですが、いざIT03・K3003で同じ曲を聴くと、まさに室内から屋外に出たかのように、脳内から頭外へ、一気に高域の余裕がパーっと広がります。この魅力があるからこそK3003が長年重宝されているのですが、一方IT03のほうも、表現の仕方は異なれど、同じような高域の余裕と広さが得られるという意味では、K3003と同レベルの楽しさが味わえます。



最近96kHzハイレゾダウンロード版が発売された、モダンジャズ名盤中の名盤、ビル・エヴァンスの「Portrait in Jazz」を聴いてみました。

1959年、ステレオ初期のスタジオ・アルバムという、化石のような録音ですが、演奏はもちろんのこと、音質も素晴らしいということで、半世紀以上ジャズマニアに愛されています。LPレコードのオリジナル盤は5~10万円くらいと高騰して手に入りにくいので、高音質なデジタル・リマスターは嬉しいです。当時のジャズとしてはめずらしく、ステレオ録音が優秀なため、モノラル盤とステレオ盤に同程度の値打ちがあります。(通常はモノラル盤の方が10倍くらい相場価格が高かったりします)。

実はこのアルバム、すでにe-onkyoなどで数年前に日本限定で192kHzハイレゾ版が販売されていました。あれは当時のCD版をベースにしたやつだったのですが、今回登場した96kHzリリースは米国からの世界リリースで、また別のリマスターのようです(しかも値段が安いです)。このように、日本のハイレゾダウンロードショップ(とくにジャズ)は、先行して高価な国内限定版を出したのに、後日海外から別ルートで公式版が出て辻褄が合わなくなることが多々あるのが面白いです。今e-onkyoを見たら両バージョンが平行して販売されていましたので、事情を知らないと困惑します。

今回の96kHz版は以前のKeepnews Collection版と比べて全体的に音量が+4dBほどカサ上げされたくらいで、ステレオ配置や実効ダイナミックレンジはあまり変わっていないので、ボリュームさえ合わせればそこまで聴感上大きな違いは無いです。まだ未聴であれば購入する良い機会だと思います。

この時期のビル・エヴァンス・トリオというとオーディオマニア御用達みたいなレッテルが貼られていますが、その理由のひとつに、エヴァンスのピアノと対等かそれ以上に主張してくるスコット・ラファロのベース演奏が貢献していると思います。当時のベース奏者としてはかなり攻めている感じですし、オーディオ的にも自慢のシステムの低音が存分に披露できるため、世代を超えてテストディスクとして重宝され続けています。

そんなわけで、低域の評価によく使われるアルバムなのですが、IT03はそこそこ健闘しているものの、歯切れ良くダイレクトな高域と比べると、低域はかなりマイルドな印象です。ダイナミックドライバの特性か、ハウジング素材の影響かはわかりませんが、K3003の方がドンドン、ボンボンと歯切れよく力強い低音を奏でてくれます。K3003の低音は量感はそこまで濃くないので、やかましいというほどではありませんが、それでも音圧が目の前まで迫ってきて主張が強いです。

一方IT03の場合、ベース奏者が遠くに離れてしまったかのように距離感があり、毛布で包んだような丸くてソフトなサウンドです。音圧のうるささや不快感がまったく無いので、意図的にこのように余裕を持った丸い鳴り方に仕上げているのかもしれません。ともかく面白みの無い、主張の弱い低音です。量感はそこそこあるので、高域寄りだとか、低音不足だというわけではないのですが、高音と比べると彫りの深さや解像感が足りません。



Challenge Recordsから2017年3月の新譜で、Simone Lamsma演奏のショスタコーヴィチ・ヴァイオリン協奏曲を聴いてみました。オケのGaffigan指揮オランダ放送フィルハーモニーは、これまでにプロコフィエフやハルトマンとかのアルバムを出しているので、この時代を得意としているようです。

PCM 352.8kHzやDSD256などでも販売しているので、今回はDSD256版を購入してみました。ここまで超ハイレゾになると、PCMとDSDのどっちが高音質かという論議は不毛です。どっちのファイルを選んでも、もはやオカルトレベルの情報量が詰め込まれているので、結局は自分が使っているDACが得意としているフォーマットを選ぶべきだと思います。(つまりPCMで録音されたアルバムでも、DSD変換版のほうが高音質に感じることもある、ということです)。

ショスタコーヴィチは熱のこもった優秀な演奏ですが、カップリングされているグバイドゥーリナのヴァイオリン協奏曲「今この時の中で」が特筆して素晴らしかったです。この曲は以前クレーメルの生演奏を聴いたことがありますが、あまりにも緻密な作風なせいか、生演奏だとどうしても空調ノイズや聴衆の咳払いなどで細部のディテールが把握できず、なんだかドンシャンやかましい曲だな、といった程度の印象でした。今回DSD録音を聴いてようやくそのイメージが払拭されて、この曲の美しさが味わえました。音楽は生演奏に敵うものは無い、なんてよく言われていますが、作曲の奥深くまで聴き込むには、このような優秀なハイレゾ録音のほうが実は良かったりしますね。

IT03はこういったクラシック録音の空間を自然に表現することがとても得意だと思いました。K3003よりもさらに広いスケールと、頭外前方に展開する音場の距離感は、通常のマルチBAイヤホンではなかなか味わえない魅力です。そこに高音のしっかりしたアタック感が加わることで、単なるフワフワしたサウンドに成り下がらないのが優秀です。これよりもさらに空間の余裕を求めるとなると、シングルダイナミック型のAK T8iEとかしか候補は思い当たらないので、価格を考えるとかなり健闘していると思います。

IT03の広い距離感は逆に短所と思えることもあり、とくにソリストであるヴァイオリンの中域があまり前に出てきてくれず、他のオケメンバーと一緒に余裕を持った位置関係になってしまいます。アンサンブル然としていると思えば悪くないのかもしれませんが、もうちょっとパリッとした存在感を期待したいところです。つまり、高域以外の帯域は全て一歩退いたマイルドで柔らかいサウンドというのがIT03の個性です。

K3003は対称的に、高域が響き重視でアタックが弱い一方、ヴァイオリン以下の中域では、いきなりザラッとした表面の質感みたいなものが目立つようになります。とくにヴァイオリンよりも下の中域では、奏者がマイクに近すぎるような粗っぽさがあり、音像も目の前に迫ってきます。低音の迫り具合も気になりますし、全体的にデコボコした音像です。

つまりIT03とK3003はどちらも音場の空間が広いものの、両者の空間の使い方は結構異なります。全体的に遠く平面的なIT03と比べて、K3003は歌手やソリストなど主役の質感や滑舌とかのディテールが前にでてきて強調されるため、より立体的なプレゼンテーションです。この迫り来るような感じが聴き疲れにも繋がるため、K3003はちょっとキツイと思うのであれば、IT03の方がリラックスできると思います。

ついでに、UM-PRO30もそれなりに楽しめましたが、IT03とK3003のどちらとも根本的に異なるスタイルでした。UM-PRO30は良い意味で「FMラジオ的」というか、音場のスケール感や空気感などは影を潜め、主要な楽器が図太く脳内で再生されます。フルートソロだ、ティンパニだ、ヴァイオリンソロが始まった、なんて、刻一刻と展開に応じて今一番聴くべきポイントをイヤホンが勝手に選んで提示してくれているようなスマートさすら感じます。ただし、オケが複雑にせめぎあう部分になると、UM-PRO30では全体が塊になってしまい、細い音導管から鼓膜に無作為に音を浴びせているかのような、拡声器っぽさが目立ってしまいます。

バランスケーブル

最後に、ケーブル交換によるバランス接続でどれくらい音質が変わるかチェックしてみました。FiiOの新型MMCX→2.5mmバランスケーブルが手元にあったので(AK T8iE用に使ってました。それまで使っていたALO Tinselより良いと思います)、それを試してみました。

FiioのMMCX→2.5mmバランスケーブル

実は今回、バランス駆動を試してみたことで、思いがけずIT03とK3003の意外な落とし穴が判明しました。感の良い人ならすでに気づいているかもしれません。

なぜかK3003もバランス改造したやつがありました

さらに奇遇にもタイミングよく、私の手元には、ごく一般的なAKG K3003と、友人に頼まれて2.5mmバランス端子に改造してみたK3003がありました。つまりIT03とK3003それぞれをバランス・アンバランスで試聴してみることができました。

結論から言うと、IT03、K3003ともに公称インピーダンスが「8Ω」と極端に低すぎるため、AK240SSのバランス接続ではパワー不足で音割れが発生して、満足に駆動できませんでした。

AK240SS(というかAK DAP全般)は、アンプのパワーが貧弱なことは周知の事実ですが、残念ながら、IT03とK3003は駆動上限ギリギリのようです。具体的には、クラシックのピアノソナタ集など、平均音圧が低くダイナミックレンジが広い優秀録音を聴いていると、私のリスニング音量(画面のボリューム表示は最大150中100くらい)で、フォルテシモ部分でチリチリという音割れ(クリッピング)が発生し始めました。

ポピュラー系アルバムであれば平均音圧が高くダイナミックレンジがそこまで広くないため、適正音量(ボリューム80くらい)で音割れすることは稀で、たぶん大丈夫だと思います。

ちなみにアンバランス接続であれば音割れは発生しませんでした。AK240SSのボリュームノブを120まで上げると音割れしはじめますが、大音量すぎるので、普段そこまで上げることはありません。

AK DAPでバランス接続を行う場合は、アンバランス接続以上に駆動力が枯渇して音割れが発生しやすくなるようです。50Ω以上くらいのイヤホンであれば、AK DAPのボリュームノブを最大(150)まで上げても音割れは発生しませんが、さすがに8Ωは厳しかったようです。

AK DAPに限らず、IT03とK3003はどちらも低インピーダンスすぎるので、アンプの出力(最大電流)に注意しないといけないということです。ショボいアンプだと、音量は十分に出ていて明確な音割れノイズまでいかなくても、満足に駆動しきれておらず、瞬間的なダイナミクスが損なわれている可能性が高い、ということです。「インピーダンスが低い=鳴らしやすい」と勘違いしているとよくある落とし穴です。

そうは言ったものの、せっかくなのでクリッピング音割れが発生しないレベルまでボリュームを下げて試聴してみたところ、アンバランスと比べて明らかに音質が良かったので驚きました。

ケーブルそのものが変わったこともあるのでしょうけれど、IT03をバランス駆動にすることで、高域のカツンという硬さというか、モニター調な実直さがほぐれて、開放感がさらに良くなります。IT03特有の丁寧さはそのまま保ちながら、大風呂敷を広げたような、余裕をもって安定した雰囲気が向上し、高域に余裕が出ることで、他の帯域も聴き取りやすくなり、全体的に質感が上がったような効果が得られました。

バランス化というと、もっと中低域が厚くホットになるような先入観があったので、このAKで得られた変化は想定外でした。(単純に、アンプの駆動力不足でパンチが弱くなったせいなら笑い話ですね)。

もちろんバランス化といってもアンプごとに設計コンセプトは異なるので、また別のメーカーのアンプでは別の効果が得られるかもしれません。大前提として、ケーブル素材が純正品よりもグレードアップしたからだということも考えられるので、少なくともIT03を手に入れたら社外ケーブルを色々試してみるのも良いと思います。

余談ですが、K3003もAK240SSでアンバランス・バランスを比較してみると(音割れが発生しない音量の範疇であれば)、バランス化したほうが高域が丁寧に整頓されたようなクリーンさが得られるので、IT03で感じた方向性と似ているかもしれません。K3003の場合はケーブルは純正のままでコネクタを交換しただけなので、純粋にバランス化のみによるメリットだと思います。

おわりに

iBasso IT03は、5万円以下という価格帯の中では際立って素晴らしいイヤホンだと思います。平均点が高い優等生というよりは、安っぽいシェルの中にハイエンドモデルに匹敵する余裕の片鱗を感じさせる、独特のチューニングの腕前に感心させられます。コストパフォーマンスはかなり良いと思います。

ダイレクトでリアルな高域と、丸くマイルドな中域と低域のバランスは、若干派手さや解像感は不足しているようにも思えますが、逆にむしろコレくらいがリラックスできてちょうど良いのかもしれません。空間が広く、不快感を与えない鳴り方は、上手にチューニング出来ているなと感心してしまいます。インピーダンスの低さから、アンプへの依存性が高いので注意が必要です。

想像以上にユニークで優秀なサウンドでした

2BA+1ダイナミックという構成は、中国で大ベストセラーであるAKG K3003を意識しているのかな、と勝手に想像して、比較試聴してみたのですが、それぞれチューニングは異なるものの、IT03は決して安っぽさや価格差を感じさせない優秀なサウンドを誇るイヤホンだと思いました。

K3003が登場したのが2011年ですから、もう6年前のモデルだということに時の流れを実感しますね。2011年というと、当時はまだiPhone 4の全盛期で、Lightningケーブルさえ無かった(幅広なアップル30PINケーブルの)時代です。そんな2011年から2017年への6年間でイヤホンの技術は大幅に進化したのか、と言われたら、やはりそれなりに変わってきているようです。高価な超ハイエンドモデルが増えた事も事実ですが、むしろこのIT03のような価格帯のモデルのクオリティが大幅に底上げされたことは確実だと思います。

ここまでIT03が素晴らしいイヤホンだと主張していると、では現在の10万円・20万円といった高級ハイエンドイヤホンの存在意義はあるのか?、IT03で十分ではないのか?という疑問が沸き起こるかもしれません。

色々と試聴してきた個人的な感想としては、10万円を超えるような高価なイヤホンの優位性や存在意義はまだある、と思います。

具体的な、低音が、高音が、といった個性の違いは、20万円でも無くなるわけではないのですが、そんなことよりも、やはり高価なハイエンドイヤホンになるほど、楽曲ごとの相性問題というのが解消され、どの音楽を聴いても期待以上の音色を奏でてくれるようになる、というのが私の感想です。IT03は、そこまでには至っていません。

今回紹介したアルバム以外にも、試聴時には十枚以上のアルバムを聴き比べてみたのですが、その上で感じたのは、IT03に限らずSE535、MDR-EX1000、ER-4、Campfire Orionといった3~5万円台の売れ筋イヤホンでは、相性が良いアルバムでは極上なサウンドを奏でる一方で、「なんでこんなに音が悪いんだ」と驚いてしまうほど相性の悪いアルバムに遭遇する事があります。録音状態とかプロダクションとか、原因は色々あるのだと思いますが、マニアな私でも予測できないランダムな頻度で、「えっ?あれっ?」と落胆する事があります。

それと比較して、最近マニアを騒がせている10万円超のイヤホン勢というのは、それぞれに個性やクセはあるものの、悪いアルバムを良く聴かせて、良いアルバムをさらに良く聴かせる、といった包容力があり、普段聴き慣れたアルバムでも、また新たな魅力を引き出してくれて、もう一度自分のライブラリを全部聴き直してみたくなる、といったポテンシャルが備わっているモデルが多いようです。

一例を挙げるとすれば、たとえば今回、IT03をとても気に入ったのに、最終的には購入しなかった最大の理由は、私が普段好んで使っているUnique Melody Mavisと傾向が似ており、Mavisのほうが全体的に上位互換といった感じで優れていると思ったからでした。Mavisもハイブリッド構成で、空間重視のリラックス系だということはIT03と共通しているのですが、それでもMavisの方が全帯域でまんべんなく楽器の音色が豊かで、味わいに満ちています。

ボッタクリメーカーも多いので、高価なイヤホンの全てが優れているというわけではないかもしれませんが、優秀メーカーの場合であれば、まず3~5万円という価格帯で実現できる音質があって、そこからさらに弱点や相性問題を解消していくことで、結局値段が10万円になってしまった、という結果論があるのでしょう。(と、考えたいです)。

話の論点に戻ると、10万円超のハイエンドイヤホンの存在意義はあるのかという疑問については、iBasso IT03は同価格帯では十分優れており、往年の銘機K3003に肉薄する技量さえ備えています。そこからiBassoがさらに上を目指して、近年の高価なハイブリッド型イヤホンUnique MelodyやCampfire Doradoとか、マルチBAのJHやNoble、64Audioの上位モデルと肩を並べて超越するには、やはり10万円超になってしまうだろうと想像します。

そこをiBassoがIT03のコンセプトを活かして、持ち前のチープなデザインやコストダウンで8万円とかに落とし込むことができれば、それこそハイエンドイヤホンを脅かす存在になりうるポテンシャルは十分にあると思います。

iBassoをその気にさせるには、まずIT03が飛ぶように売れてくれなければ話にならないので、そんな意味も込めて、他人事ながら、もうちょっとセールス面で積極的になってもらいたい、なんて願っています。