2017年7月1日土曜日

Astell & Kern A&ultima SP1000 の試聴レビュー

Astell&Kernの最新DAP「A&ultma SP1000」を試聴してみたので、感想とかを書いておきます。

A&ultima SP1000

2017年7月発売の新型ポータブルDAPで、これまでのフラッグシップ機「AK380」を凌ぐ上級モデルということです。さらなる高音質を目指しただけではなく、シャーシの大型化にともないインターフェース系も一新されたのが気になります。

価格も45万円くらいということで、私の財布では手が出せませんが、やはり気になる存在です。買う気は無いので冷やかし程度に聴いてみた程度なので、あまり真に受けないでください。


どうでもいい話ですが、このSP1000というモデルは、これを書いている時点で日本ではまだ発売されていないようですが(7月上旬発売)、一部海外では6月にはすでに普通に店頭に並んでいますので、それを試聴しました。(以前KANNの時にそれを書き忘れたら、ステマだフラゲだと非難のメールを頂きましたので念のため)。ファームウェアはV1.0でしたが、発売時期に応じてアップデートされているかもしれません。

高価なDAPですが、私の友人ですでに購入している強者が二人もいるので、おかげでじっくり聴いてみることができました。

SP1000

商品の名前が「A&ultima SP1000」というのですが、どういった由来があるのかよくわかりません。「A&ultima」というのは、このモデルのみの専用名なのか、それとも今後最上級モデルに冠するブランド名として展開していくのか、どっちでしょう。そもそもAstell&Kernというブランド自体がiRiver社の高級ブランドという位置づけなので、またややこしいです。

これまでのネーミングを踏襲するならば、AK120→AK240→AK380と来たので、次のフラッグシップはAK400番台になるかと思っていましたが、AK380以降はモデルナンバーから外れたAK70やKANNといったモデルが続々登場しているので、今後のラインナップ展開がどうなるのか気になるところです。

SP1000の45万円という価格は、2015年7月AK380発売当時の価格設定とほぼ同じです。現在AK380は新品で25万円くらいまで値段が下がっているので、SP1000の45万円は法外に思えるかもしれませんが、上位機種というよりは世代交代の後継機として考えて良いと思います。(というかAK380登場から2年も経過していることに時代の流れを痛感します)。

SP1000は搭載D/Aチップに旭化成AK4497EQを左右個別で採用しており、これはAK380に搭載されている旭化成AK4490の後継チップになります。AK4490の時点ですでにDXDやDSD256などのフォーマットに完全対応していたので、機能面でのアップデートというよりも、むしろ絶大な普及率を誇っているAK4490からのユーザーフィードバックをもとに、音質や実装面での細やかなリファインを行ったチップのようです。

最近の5インチスマホと同じくらいのサイズ

シャキッとしたエッジが良い感じです

今回私が試聴してみたSP1000はステンレスボディのやつです。ちょっと時期をおいて銅製ボディのバージョンも出るそうですが、価格はほとんど同じで、本体重量はどちらも387gです。(追記:Copperも聴いてみたので一番下に書き足しておきました)。

あえてアルミボディは無いということが、高級モデルだという意気込みを感じられます。これまでの歴代最上級モデルAK240・AK380では、まずアルミモデルが発売されてから数ヶ月後にスペシャルバージョンとしてステンレスのAK240SS、銅のAK380 Copper、そしてステンレスAK380SSといった限定バージョンを出していました。

シャーシの素材が変わることで音質も変わる、というのも不思議な話ですが、実際私自身はAK240からAK240SSで明らかな音質差が感じられたので(内部回路になんらかの変更があった可能性もありますが)素直に信じられます。もしシャーシの電磁波シールド特性で音質が変わるとかそういった原理があるならば、腕時計とかでよく使われているチタン合金製とかが良さそうですので、いつか作ってみてほしいですね(たぶん高すぎて買えないですが)。

音質の話は別として、個人的にステンレスは単純にかっこいいと思うので、コスパ無視の高級モデルならではの、こういった遊び心は良いと思います。

SP1000の外観はこれまでのAK380シリーズをリファインしたようなAKらしいデザインなので、手慣れた感じでスムーズに移行できました。さすがに世代を重ねているだけあって、無駄のない洗練されたデザインです。

AK KANNと並べてみました

一つ前のモデルのKANNはあえてAKらしからぬゴチャゴチャしたデザインだったので、SP1000のクリーンなラインはさすが高級機だという説得力があります。KANNとSP1000は、G-SHOCKとスイス製高級腕時計の違いみたいな感じですね。それぞれに相応の魅力があります。

ほぼ全面がスクリーンになっています

AK240SSと並べてみました

最近のスマホで見られる進化のように、画面サイズがどんどん大きくなるにつれて、シャーシの外枠部分が減っていってます。今回新たに5インチスクリーンを採用したSP1000は、正面から見ると、まるでスマホみたいです。写真で見ただけではサイズ感が想像できませんが、AK240SSと並べてみればその大きさがわかります。とくにAK240SSではスクリーン以外のメタル部分が結構な面積を占めていたところ、SP1000はほとんどスクリーンです。

AK380 Copper、SP1000、NW-WM1Z

最近の高級DAPはどれも巨大化しているため、SP1000だけがとりわけ大きいというほどでもないのですが、やはり画面が大きいだけあって取り扱いが慎重になるというか、繊細な印象を与えます。AK380やソニーNW-WM1Zのような「ゴツい」というイメージとはまた違う、スマートな感覚です。

質感はAK240SSと大体一緒です

ボリュームノブに向かってシュッと細くなるデザイン

本体のステンレス削り出しはAK240SSとほとんど同じ質感ですが、残念ながらAK380SSは手元に無いので比較できませんでした。デザイン面では、本体側面がボリュームノブに向かって蝶ネクタイのように細くなっていくのがAK380とよく似ています。

ボリュームノブが電源ボタンを兼ねています

SP1000のボリュームノブはクロムメッキっぽいピカピカしたデザインで、高級腕時計の竜頭のような綺麗な加工ですね。これまでのAK DAPではただガリガリ回すだけのボリュームノブだったのですが、SP1000からは押し込むことで電源ボタンの役割も果たします。機能的にはAK380などの電源(画面ON/OFF)ボタンと同じです。

回転はAK240・AK380並にユルいので、ちょっと気になるのは、ただでさえグラグラしているボリュームノブにボタン機能も持たせるなんて、信頼性は本当に大丈夫なのか心配になります。

側面の再生曲送りボタンはこれまで通りです

このボリュームノブ以外のボタンは、AK240・AK380と同じように、側面にトランスポート系ボタンが並んでいます。従来機を使い慣れている人にとっては迷わず済むので嬉しいです。

そういえば、KANNでは正面下側に大きなトランスポートボタンが並んでおり、あれはあれで卓上に置いた際には押しやすくて便利なのですが、実はバッグのスマホポケットとかに入れて使う場合は、ボタンに手が届かなくて押しにくいという難点がありました。その点SP1000のボタンは卓上で押すには不便ですが携帯中は押しやすいので、モデルごとの想定用途に合ったボタン配置というのは重要なんだな、なんて思いました。

いわゆるiPhone式のカードスロットになりました

電源ボタンがボリュームノブに移動したので、本体上面でこれまで電源ボタンがあった部分はマイクロSDカードスロットになっています。このカードスロットはこれまでのようなむき出しのバネ式スロットではなく、iPhoneのようにトレイを棒で押して出すタイプのやつです。個人的にこのタイプはめんどくさいので嫌いなのですが、デザイン的にはカッコイイことは認めざるを得ません。

カード交換の際はいちいちペーパークリップなんかを探す羽目になるのですが、挿入時に不注意で本体に傷をつけてしまいそうでドキドキします。ちなみにこれまで本体側面にあったカードスロットが上面になったことで、レザーケースを装着した状態でもカード交換ができるようになったのは良い事です。

これまでのレザーケースとほぼ一緒です

さすがステッチと刻印が丁寧です

スゥエーデンだそうです

ケースはUSB C端子のみ穴が開いています

レザーケースは相変わらず高級なものが付属しています。モデルごとにレザーのメーカーを変えていることが有名ですが、今回は光沢のある赤茶色で、スウェーデン製だそうです。形状はAK380などのものとほとんど一緒で、本体下部はUSB端子のみ穴が空いています。

卓上ではボリュームノブに触りにくいです

レザーケースのデザインで一つだけ不満があったのは、SP1000を卓上に置いて使っている際に、ボリュームノブがレザーケースに隠れてしまい、とても回しにくいと思いました。ボリュームを回すたびにレザーケースに指が擦れるので、多分すぐレザーがボロくなってきそうだな、なんて心配になります。手で持って使っている場合は本体裏側には十分な余裕があるので問題ありません。やはりKANNとは違い、卓上ではなく携帯して使ってくれという考えでしょうか。

カーボンにロゴが映えます

アンプ用ロック機構でしょうか

本体裏側はAKらしくカーボン調パネルになっており、中心にはA&ultimaのロゴがあります。ちなみに借り物なので写真では保護シールが貼ってあります。AK380では別売アンプをドッキングするためにあったネジ穴がSP1000でも確認できますが、今回はネジではなく、ツイストロック式の穴のようです。

AK380ではアンプとの嵌め合いがあまりピッタリしておらず、気をつけないとネジ山を潰してしまうことがあったので、SP1000ではしっかり対処したようです。

アンプ用端子でしょうか

これを書いている時点ではSP1000用追加アンプモジュールなどは発表されていませんが、本体下部を見るとAK380シリーズ同様にドッキング用の出力端子が見えるので、将来的にアンプやドックなどのアクセサリが登場することが想定できます。ちなみにAK380とは本体サイズが大幅に異なるため、同じアンプモジュールを兼用することはできないようです。

本体下部のUSB端子は、これまでのようなマイクロUSBではなく、USB Cタイプになっています。最近スマホやノートパソコンなんかもCタイプが急速に普及してきたので、充電器などを兼用できるのは便利です。

KANNでは充電やデータ転送用USB C端子とDAC・トランスポート用マイクロUSB端子の二系統が搭載されていたのですが、SP1000では全てUSB C端子で行うようです。実際KANNを使ってみたところ、充電しながらトランスポートとして使えるのは便利だったのですが、ケーブルを二種類持たないといけないのは不便だったので、USB CならCで統一してくれるのがありがたいです。ただし、今のところいわゆるオーディオマニアが喜ぶようなUSB Cタイプケーブルは見たことがないので、今後Audioquestなどが出してくれることを期待しています。

インターフェース

SP1000の大きな目玉は、ユーザーインターフェースが一新されたことです。これはAKユーザーにとってはかなり気になる点だと思います。

見やすい大画面です

画面がかなり大きくなりました

実際これまでのAK DAPは、モデルごとに画面サイズは異なるものの、AK100IIやAK240の頃から、どれも800×480ピクセルの共通インターフェースをずっと使い回していたので、今回SP1000になって初めて5インチ1280×720ピクセルの高画素数に対応したインターフェースを開発したことに意義があります。

近頃のiPhoneやAndroidスマホなどはSP1000を遥かに凌ぐ高画素画面を搭載しているので、SP1000がそこまで凄いというわけでもありません。しかし個人的な感想としては、たとえばスマホ純正の音楽プレーヤーアプリや有料のハイレゾ再生アプリなどはインターフェースが古臭いものばかりで、スマホやタブレットなどの高画素画面を有効に使っているとはお世辞にも言えません。

世間であれだけハイレゾだとか騒いでいながら、音楽再生アプリ開発は5年前くらいから一向に進歩しておらず残念です。その点、SP1000は少なくとも新しいインターフェースをわざわざ開発しようという努力が見られるだけ感心できます。

再生画面

フォルダブラウズ画面

個人的に、高解像スクリーンは本当に嬉しいです

SP1000の新インターフェースは、画面サイズが広くなったこともありますが、特に高画素になったことがかなり貢献していると思います。とくに、アルバム名や曲名表示などは長文でも尻切れにならずにちゃんと表示されますし、各機能のボタンアイコンも大きすぎず小さすぎず絶妙なサイズ感で柔軟に配置されているなど、UIの基本がしっかりと筋が通っているデザインです。

ボリューム調整が無駄にカッコいいです

ビジュアル面でも色々と小細工が効いており、たとえばボリューム調整画面なんかもサイバーなベクトルCGっぽい、無駄にカッコイイ表示になっています。指で上下にスワイプして音量を調整すると、画面上の槍のような図形が連動するのは見ていて楽しいです。

また、気が付きにくいですが、画面の一番下には、左右になぞるタイプのボリューム調整も設けてあるなど、大画面を有効に活用しています。

左からスワイプした画面

また、音楽再生中、旧インターフェースでは、アルバムの曲選択がプレイリスト画面と混在していたり、ブラウズ階層を行ったり来たりするのが面倒だったり、微妙な部分もあったのですが、SP1000では左端スワイプで即座にブラウザに行けたり、そういった使い勝手の改善が感じられ、一見なんてことないようですが、実は「使っている人ほど喜ぶ」設計になっているようでした。

上からスワイプした画面

設定画面

アルバム選択画面

さすが新型インターフェースだけあって、いくつか細かいところでAK380などの旧タイプに追いついていないような部分もありました。

私が方法を見つけられなかっただけかもしれませんが、たとえばアルバムブラウズ画面はジャケットのタイル方式のみで、以前はあったリスト表示ができなかったり、選曲候補をDSDや特定サンプルレートのみに絞り込む機能が無かったり、などです。とくに後者は日々非常に重宝していたので、無くなったのであればとても残念です。

なにはともあれ、旧インターフェースは年を重ねるごとに様々な新機能や便利機能が続々追加されていったので、SP1000も今後AKの主力インターフェースとしてどんどんアップデートで実用的な機能を追加してほしいです。

ユーザーインターフェースについて、もうひとつ大きな改善点が感じられました。搭載CPUが高速化されたということですが、それが明らかに体感できるほど、ブラウズ時などの反応速度が速くなっています。とくに膨大なアルバムリストをスクロールする際など、これまでのAKではどうしても引っかかりが感じられた部分でも、一切不自由なくスルスルとスクロールできます。これでようやくCowon Plenueと互角に張り合えるレベルの快適さに到達できたと思います。

さらに個人的に喜んだのは、これまでAK380やKANNなどネイティブDSD対応モデルでは、PCMファイルからDSDファイル再生に切り替わる際に、かなり長い(5秒くらいの)時間を待たされてるのが嫌だったのですが、SP1000ではPCMとDSD間の切り替わりがとても素早く快適です。どうでもよい細かいポイントかもしれませんが、私にとっては嬉しい改善点です。

SP1000のインターフェース高速化というのは、単純にCPU高速化による恩恵なのか、それとも新規ファームウェアの効率アップによるものなのかは不明ですが、もし後者なのであれば、今後何らかの形でAK240~AK380世代もファームウェアアップデートで同様の高速化が実現できたら嬉しいですね。ただし、逆にSP1000っぽいビジュアルだけ導入して、余計遅くなったりするのは勘弁です。

連続再生時間のテストはしませんでしたが(再生ファイルフォーマットや画面明るさとかで結構変わると思います)、バッテリー寿命もかなり良くなっているようで、100%充電から再生を始めると、まず表示が100%から99%になるまでかなり時間がかかったので(20分くらい)本当に表示が正しいのか心配になりました。実際2時間ほどPCMやDSD256など色々なファイルを交えて遊んでみても85%程度でした。

あいかわらずMTP接続です

今回の試聴には、KANNで使っていた256GBサムスンEvo+マイクロSDカードを使ってみましたが、問題なく認識してくれました。楽曲の初期スキャンも若干速くなっています。

ただし、せっかくUSB C端子になっていますが、データ接続はあいかわらずアンドロイドMTP接続でUSB2.0相当っぽいので、転送速度は遅かったです。内蔵ストレージ、マイクロSDカードともに28MB/sくらいが上限でした。Evo+カードは別途カードリーダーで70MB/sを安定して出せますので、大容量を一気に転送する際にはやはり高速カードリーダーが必須です。

MacにUSB DACとして接続してみました

USB DACモードはMacでしか試してみなかったのですが、ちゃんとDXD相当まで対応しておりDoPも問題ありませんでした。このあたりはAK380やKANNの時点でしっかり実現できているので、なにも目新しいことはありません。

出力とか

いつもどおり、0dBフルスケールの1kHzサイン波信号をFLACファイルで再生した状態で、ボリュームを上げていって得られる最大電圧を測ってみました。

以外と出力が低いのに驚きました

3.5mmアンバランス端子でのグラフですが、想像以上に出力電圧が低いことに驚きます。公式スペック上でも最大電圧はAK380と同じ2.2Vrms (6.2Vp-p) と書いてありますが、無負荷状態(グラフの右側)ではその通りです。ただし低インピーダンス負荷で一気に電圧上限が落ち込むので、つまりパワーが低いということです。

100Ω負荷では最大音量でクリップします

無負荷では最大ボリューム(画面表示で「150」)でもクリッピングしませんが、低インピーダンスイヤホンを接続した状態では、たとえば50Ωでは「140」、20Ωでは「130」程度からクリッピングが発生します。

600Ω負荷でも最大音量でわずかに下側がクリップしています

とくに驚いたのは、600Ω負荷でもボリューム150ではわずかながら歪んでしまうことです(147で綺麗になります)。つまり、ライン出力用途でボリューム150固定にする際には、受け側のインピーダンスに注意する必要があります。大抵のメーカー製アンプのライン入力は10kΩ受けなどなので問題ありませんが、変なガレージメーカーの物は入力インピーダンスが必要以上に低いのもあります。

SP1000がAK380などと違う点は、2.5mmバランス出力端子を使えば出力電圧が大幅にアップする、ということです。公式スペック上でも、アンバランス・バランスの違いはAK380では「2.2Vrms・2.3Vrms」とほぼ同じですが、SP1000は「2.2Vrms・3.9Vrms」とほぼ二倍になることが明記されています。ちなみにKANNもバランスでは二倍になる設計でした。

バランス出力はそこそこパワフルです

実際2.5mmバランス端子で電圧を測ってみたところ、たしかに公式スペック通り、クリッピング発生までの電圧振幅がアップしています。ようするにSP1000で高出力を得たいなら、バランス出力を使うべきだということです。ただしグラフで見られるとおり、バランス接続でもあいかわらず低インピーダンス領域では注意が必要です。KANNの凄まじいパワーには敵いません。

グラフで見られるSP1000の緩やかな出力電圧カーブは、従来の一般的なチップアンプ系DAPとは一味違う、むしろディスクリートクラスAアンプなどでよくあるタイプの傾向なので、つまり高出力よりも音質を追求した結果、あえてこのような特性になってしまった、と考えるのが正しいのだと思います。

実際グラフを見ても、SP1000よりも格段安いKANNでは飛躍的な高出力が得られているため、それと同じことを45万円のSP1000で真似するのは不可能ではなかったと思います。そこをあえてこのような出力特性にしたことには、オーディオメーカーとして音質最優先の覚悟みたいなものを感じさせます。また、KANNではゲインが高すぎることが災いして、感度の高いCampfire Andromedaなどのイヤホンではアンプのホワイトノイズが目立ってしまいましたが、SP1000はそういった問題はありませんでした。

ただし、なんと言おうとも、SP1000の駆動力に過度な期待は禁物です。AK380などでも体験したことですが、とくに「低インピーダンスで低感度」なIEMイヤホン類は鬼門なので、クラシック音楽のようなダイナミックレンジが広い録音でボリュームを上げすぎると、フォルテシモの部分でチリチリと歪んでいるのが聴こえてしまいます。

JH Rosieも私のリスニング音量では問題ありませんでした

もちろん音量に関しては個人差もありますし、ほとんどのイヤホン・ヘッドホンであれば問題なく駆動できるので、、あまり大袈裟に考えずに、自分なりの使用条件や組み合わせをテストしてみることが肝心です。私の場合そこまで爆音で聴くことも無いので、手持ちのAK T8iEやCampfire Andromedaなどはもちろんのこと、フォステクスTH610やベイヤーダイナミックDT1770なんかもそこそこ満足に鳴らせました。

音質とか

今回の試聴には、AK T8iEやAndromeda、UM Mavisなど、普段から愛用しているイヤホン勢をメインに試聴してみました。主にAK380やKANN、NW-WM1Zとも聴き比べてみましたが、せっかくなので個人的に気に入っているAK240SSやPlenue Sも交えて、何度かじっくり試聴する機会を作ってみました。

ちなみにAndromedaのみ付属ケーブルの3.5mmアンバランスで、他はほとんどバランスで使ってみました。バランス接続の方がエネルギッシュというか、サウンドの切れ味が若干増すような印象を受けたので、もしマイルドな落ち着きが欲しいのであればアンバランスの方が良いかもしれません。もちろんケーブルの特性にもよります。

AndromedaとAK T8iE

SP1000が登場した時点でのネットレビューなんかによると、AK380とは異なるサウンドに仕上がっている、という意見が多かったのですが、「そうは言っても微々たるものだろう」なんて半信半疑でした。ところが、いざSP1000で音楽を聴いてみると、そんな疑いの余地もなく、明らかに音作りが違います。単純にAK380を大画面にしただけでもそこそこ売れたはずなのに、よくここまで変えてきたなと感心するくらい、その決断に驚かされます。

SP1000を試聴した誰もが口を揃えて言うであろう事は、これまでのどのDAPよりも、空間のスケールが広大で、特に高音域のヌケの良さが圧倒的です。普段から聴き慣れているイヤホン・ヘッドホンをSP1000で鳴らしてみれば、それまでの想像を絶するくらい音抜けが良く、距離感、開放感、爽快感が感じられます。

この音の仕上がりはかなり好きです。何度か試聴を繰り返すたびにその良さが実感できて、自分のメインDAPとして買い換えたくなってしまいました。個性のある明るめなサウンドなので、私みたいにどちらかというとAK240SSなんかに魅力を感じる人と相性が良さそうです。逆に「自分には合わない」という人も多いと思います。


LINNレーベルからの新譜で、オールドバラ室内管弦楽団によるリヒャルト・シュトラウス「メタモルフォーゼン」「管弦セレナーデ」「ソナチネ2番(楽しい仕事場)」の三作を、192kHz・24bitダウンロード版で聴いてみました。

メタモルフォーゼンという作品は「二十三の独奏弦楽器のための習作」という副題のとおり、セクションごとのパート譜ではなく、23人の奏者それぞれが独奏する23段楽譜による作品なので、演奏はもとよりオーディオ装置や聴く側にも、ものすごい集中力と解像力を要求される作品なのですが、SP1000ではそれを見事に実現できています。

この曲は極端な例ですが、クラシック音楽全般において、下手な(というか一般的な)オーディオ装置で聴くと、とりあえず主要なメロディラインだけを聴いてしまい、「なるほどこういうメロディの曲か」と納得して「聴いた気になって」しまう、というのがよくありがちです。ところがSP1000で聴くと、「主要な」メロディという概念がそもそも無く、23人の独奏がそれぞれ実在感を持っており、それらの音響の交差や流れが展開しているハーモニー、つまりメロディではなく瞬間ごとの「音」そのものに感動できます。

SP1000はとりわけ高音域が派手に強調されているという風でもなく、全体のバランスは十分聴きやすいタイプなのですが、その上で演奏と背景の区別がしっかりとできており、立体的な距離や奥行きが綺麗に再現できています。

各奏者のレイヤーが重なり合っているのを、空間の奥行き方向で間隔を持たせて展開したような見通しの良さがあります。もしくは、2チャンネルのアルバムを、パートごとのマルチトラックに分けたかのような感覚です。散漫とか乱雑に散らばっているという感じは一切しません。

また、高音楽器の音色が天井知らずにスーッと伸びていくのが凄いです。ヴァイオリンやフルートなどはもちろんのこと、楽器の音そのものの魅力が引き立つサウンドというのは、聴いていて本当に気持ちいいです。低音はあまり厚みはありませんが、一音ごとの造形が聴き取りやすいため、軽すぎるとは感じません。

前後左右上下すべてに向かってリアルな広い空間が作られるため、音楽の鳴り方そのものに悠々とした余裕が感じられ、解像感、粒立ち、分離の良さ、なんてよく使われるフレーズが全て当てはまります。一言で表せば、スケールの大きいサウンドです。

こういったサウンドが、とくにイヤホンでも味わえるというのは、DAPはもとより据え置きの大型ヘッドホンアンプなんかでもあまり体験したことが無いので驚きました。これまでに多くのヘッドホンアンプを聴いてきた上でも、一体どうやったらこういう音になるのか理解しがたい、まさに「規格外」なサウンドだと思いました。

この空間表現の絶妙な音楽性が、SP1000がAK380と大きく異なるポイントだと思います。AK380自体は何度聴いても非の打ち所が無いような精密で繊細なサウンドで、録音に込められた全ての情報を余すこと無く引き出す性能は唯一無二です。しかし、あえてSP1000と比較するとなれば、AK380は「据え置き型スタジオ系DACアンプのサウンドをポータブルで」といった方向に寄せた仕上がりだと思います。それがポータブルで実現できるのは凄い事なのですが、しかし最近デスクトップUSB DACアンプでありがちなドライなモニター調サウンドによく似ています。

もしレファレンス用ヘッドホンアンプをどれか一品だけに絞るというのであれば、AK380はベストに近い選択肢なのですが、私みたいに様々な家庭用アンプで日々遊んでいるようなタイプの人からすると、AK380のサウンドをあえて外に持ち出すというモチベーションが薄いです。

私個人の趣味としては、DAPにはもうちょっと音楽を盛り上げてくれる特別さを期待しているので、そういった意味で未だにAK240SSとPlenue Sを手元にキープしておきたく、AK380はあえて購入しようという気が起きませんでした。とくにAK240SSは正確さや分析力とはまた別の意味での「現実の楽器の美しい音色に近づける」ポテンシャルに秀でていると思います。そして今回のSP1000も、そんな感覚的な部分では、AK380よりもAK240SSによく似ています。

ではSP1000はAK240SSのような旧世代DAPから進化していないのか、というと、それは明らかに違うと思います。まず冒頭で述べたとおり、SP1000は空間のスケール感が圧倒的に広いので、それを聴いた後では、AK240SSは全てがコンパクトに狭まって、モヤモヤっとした塊の中から美しい音色がキラキラ飛び出すような、いわゆるイヤホンっぽい鳴り方のように聴こえます。


Challenge Recordsから、Hannes Minnaarベートーヴェン・ピアノ協奏曲3番をDSD256で聴いてみました。これまでに1・2、4・5番が出ているので、これで全集が完了した事になります。この勢いで、同じメンバーでブラームスとかもやってほしいです。

音質はあいかわらず凄いですが、演奏もしっかり充実感のあるアルバムです。繊細で理性的なピアノとは対象的に、オケは最近では珍しいくらい力が入っているので、なんだか70年代のコンセルトヘボウとかを思い出します。

このようなアルバムを何枚か聴いていて気がついたのですが、SP1000は、DSD256やPCM352.8kHz (DXD)といった超高サンプルレート音源との相性がすごく良く、その点でもAK240SSやAK380などから明らかに次世代へ進化していると実感できました。

そういえばKANNを聴いたときもDSD特有の魅力がしっかり体感できることに感心しましたが、今回SP1000では、PCM・DSDの対比はもちろんのこと、さらにDSD256など高レート音源を聴くと「あれ、なんか凄いぞ」という不思議とドキドキする感覚がありました。

実際、DSD256のような高レートなハイレゾフォーマットを、レコーディングではともかくリスニングで使うことのメリットについては、私を含めて多くの人が懐疑的だと思います。よく言われているような「人間の耳では聞こえない50kHz以上の高周波が脳に影響を及ぼしている」といった効能は怪しいです(そもそも多くのアンプでは高周波はカットされますし)。

むしろ、こういった超ハイレゾフォーマットというのは、マイクの位置から録音機器の電源品質までこだわりぬいて、音響や空間の情報を最大限に記録するための、丁寧なプロデュースの受け皿としての意義があり、SP1000のオーディオ回路がそれを余すこと無くイヤホンまでしっかり届けてくれている、ということなのでしょう。「新鮮なままの産地直送」という言葉がピッタリ当てはまります。

SP1000に搭載されている旭化成の最新D/Aチップ「AK4497EQ」も貢献しているのかもしれませんが、それ以外にも、高帯域でクリーンなアンプ設計や、電源の安定具合、綺麗なクロック、そしてプロセッサCPUの電熱負荷から、シャーシの電磁アースなど、すべての要素をクリアすることで実現できるサウンドだと思います。

近頃は多くのDAPでも、スペック上ではDXDやDSD256などに「対応」しているものが主流になってきましたが、ただ音が出るというレベルのものが多く、SP1000のように目覚ましい音質向上が体感できるモデルは稀です。


Criss Crossレーベルからの新譜で、アレックス・シピアーギン「Moments Captured」を44.1kHz・16bitで聴いてみました。シピアーギンは現在最高峰のトランペット奏者で、すでにCriss Crossで12枚のリーダーアルバム、サイドメンバーとしても数多くに参加しているので、どれも同じで聴き飽きた、と思っていたのですが、今回のアルバムは面白かったです。

ライナーノートによるとProphet-6をフィーチャーしたかった、というだけあって、アナログシンセ、エレキベース、PotterとVinsonのサックス二本で70年代のジョー・ヘンダーソンやジョー・ファレルっぽいフレージングなど、なんだかリターン・トゥ・フォーエヴァーとかのシンセ全盛期を彷彿させます。

SP1000は音響全体がクリアなので、ジャズを聴いてもスリムで引き締まったサウンドです。間近でリスナーを覆い尽くすような太さや濃厚さは無いので、とくに中低域の厚いボディみたいなものを期待している人には向いてないかもしれません。

しかし空間分離が尋常ではないので、音響は圧巻です。ステレオの左右ででサックス二人がソロバトルを繰り返す曲では、まるでお互いに目線で合図していることさえ感じ取れるほどスリリングな体験が味わえました。そして、その背後でアナログシンセの演奏の暖かい音色が、遠く離れた位置で美しく広がっているのが、まるで星空や海の情景のようで、いちいち感動してしまいました。CD音源だから音が素朴なんてこともなく、そういった事を気にせずに純粋に音楽を味わえます。

もうちょっとサックスやベースの音色に「音を浴びる」「体に響く」重量感や太さを求める人であれば、SP1000よりも、たとえばソニーのNW-WM1Zの方が良いと思います。WM1Zはまるで真空管アンプのように音色を色彩豊かに演出してくれるので、これもAK380などの優等生サウンドとは大きく異る個性派なサウンドです(実際WM1Aの方がAK380に近いかもしれません)。そういった意味でNW-WM1ZとSP1000とは似た者同士なのですが、方向性は180°対照的だと思います。

愛用しているUM Mavisとは相性があんまりよくなかったです

ソニーNW-WM1ZはDAPそのものの音色で押し切るタイプで、どんなイヤホンと合わせても充実した濃厚な音響が楽しめるのがメリットだと思うのですが、一方SP1000は、真のポテンシャルを引き出すためにはイヤホンとの相性がシビアなDAPだと思いました。

たとえば、私が普段から日々愛用しているUnique Melody Mavisは、これまでどのDAPで使っても満足していたのですが、SP1000ではバランス・アンバランスケーブルともに試しても、あと一歩で期待していた音になってくれませんでした。

具体的には、最高音域のザラつき、伸びの悪さが気になってしまいます。これはMavisの弱点としてなんとなく理解していたつもりなのですが、普段他のDAPではほとんど気にならなかった部分がSP1000では浮上してしまったので驚きました。低音側はMavis特有の豊かな鳴り方が十分堪能できましたので満足です。

Noble Audio K10 Encore

64 Audio U18

SP1000は特に高音域の鳴り方にイヤホンの性能をシビアに要求するようです。たとえばCampfire Andromedaは高音のキラキラした音色が魅力的なイヤホンですが、これはSP1000との相性が特に優れていて、SP1000の広大なスケールとAndromedaの色艶が見事な相乗効果を成し遂げてくれました。

他にも、Noble Audio Kaiser 10 Encoreや、64 Audio U18など、とくに高音の特徴に定評のあるイヤホンでは、それぞれ独自の鳴り方でありながら、どれも相性が良く堪能できました。

また、意外かもしれませんが、Gradoもけっこう良いです。元々高音域の魅力に人気があるヘッドホンブランドですが、距離感が乏しいことがネックだったので、そこをSP1000が補ってくれるという、「相性が良い」コンビネーションです。

実はGradoと言ったのには、それなりに理由があります。先日SP1000を買った友人が、それに合う開放型ヘッドホンを買いたいということで、予算未定でショップで試聴を繰り返した結果、Grado PS500eを買いました。それまで視野に入れていなかったGradoが、SP1000では凄く良かったそうです。やはりこれくらいのオーディオ装置になると、固定概念を捨てて、直感でポテンシャルを引き出すパートナーを探すことが大事みたいです。

おわりに

たかがヘッドホンを駆動するだけのポータブルDAPにこれ以上の進化が望めるのかと懐疑的になっていたところに、A&ultima SP1000は新たなレベルを見せつけてくれました。

AK380よりも広大なスケール感を重視したサウンドは、どんな音楽でも爽快な魅力を引き出してくれ、とくに高レートDSDなどのハイレゾ録音ではめざましい威力を発揮します。また、一新されたユーザーインターフェースも快適なので、今後の発展が期待できます。

ただし、全てのヘッドホンをガンガン駆動するようなパワフルスペックではないので、組み合わせの相性はかなり大事です。(もし高出力が必要であればKANNがありますし、また別途アンプモジュールなんかも出るのでしょう)。

その辺はむしろピュアオーディオらしい、と言えるのかもしれません。家庭用オーディオも触っている人ならご存知と思いますが、たとえ200万円のアンプでも、どんなスピーカーでも軽々とねじ伏せるような400W高出力アンプがある一方で、相性の良いスピーカーと合わせることで素晴らしい高音質を発揮する4Wのアンプもあります。前者の方が汎用性や失敗の無い安心感がありますが、後者の方が「100%を超えて120%を狙える」未知数なポテンシャルを秘めています。SP1000はそんなポテンシャルを感じさせる玄人好みのDAPです。

これまでの最上位モデルAK380は素晴らしいDAPなので、今になって悪く言うつもりはありませんが、ごく個人的な意見として、AK240SSからAK380に移行する気は全く起きなかったのに、今回SP1000では、ぜひ買い換えたい、という気にさせてくれました。愛用しているPlenue Sですら手放してもいいかな、なんて脳裏をよぎることもあります。とくにDSD256やDXDなどの圧倒的なサウンドはPlenue Sでは味わえません。

もちろん私自身は、AK240SSは友人から中古格安で買ったくらいですし、さすがに45万円のDAPをポンと購入できるほどの余裕は無いのですが、そこまで焦るようなことでもないので、また数年後にライバルPlenueの進展を含めて検討してみます。その頃にはSP1000を買った友人達も飽きてきて中古で手放してくれるかも、なんて密かに狙っていたりもします。

なんにせよ、好き嫌いの意見は分かれると思いますが、これまでのポータブルDAPの進化と共に歩んできたイヤホンマニアであれば、SP1000は2017年現在のサウンドの指標として、じっくり試聴してもらいたいモデルです。もし気に入ってしまったら、以後忘れられない印象を脳裏に焼き付けてしまうような、危険なDAPです。

追記:

これを書いた時に試聴したSP1000はステンレスバージョンだったのですが、その一ヶ月後に銅ボディの「Copper」を試聴してみる機会がありました。

豪華絢爛です

レザーケースは同じもののようです

どちらも綺麗な仕上がりです

SP1000のCopperはAK380Copperよりも光沢のある仕上がりで、錆びにくいようなコーティング処理がされているそうです。とは言っても銅は銅なので、ステンレスと比べると劣化は早いかもしれません。つまり中古下取りとか、そういうのはべつに気にしてないよ、という心の余裕を持った人のみが購入すべきですね。

二機のSDカードに同じ楽曲を入れて、交互に聴き比べてみたところ、かなりはっきりと分かるくらい音質差があったので驚きました。しかも身の回りで誰が聴いても同じ意見が出るくらい、分かりやすい音色の違いがあります。

ステンレスの方が歯切れが良くクリアで若干硬質な感触なのと比べると、Copperは中高域の響きにわずかな厚みが乗っている感じです。空間に向かって音が綺麗に滲むような表現なので、スピード感とかメリハリという点では一歩劣りますが、その半面、とくにボーカルなどは味わい深く心に響くような美しさがあります。

私自身はステンレスの爽快感の方が好きですが、Copperが好きだと言う人も多かったので、意見は半々で分かれると思います。