2017年9月2日土曜日

Dita Dream イヤホンのレビュー

Dita Audioのイヤホン「Dream」を買ったので、感想とかを書いておきます。

Dita Audio Dream

2017年5月発売のダイナミック型イヤホンで、価格はおよそ20万円ということで同型の中でもかなり高価な部類です。

一見なんてことない地味なデザインですが、10mm広帯域ドライバー、日本製チタン削り出しハウジング、オランダVan Den Hul社が手がけたケーブル、さらに端子交換ができる画期的な「Awesomeプラグ」と、あらゆる面でこだわりを感じるイヤホンです。しかし、それ以上にサウンドがとにかく凄かったので、長らく検討した結果、買ってしまいました。


Dita

Dita Audioはシンガポールに本拠地を置くイヤホン専門メーカーで、創設者であるDanny Tan氏とDesmond Tan氏の元で運営している、とても小さな会社です。

2015年に登場したデビューモデル「Dita Answer」が好評を得て、日本でもそこそこの知名度があります。

Dita Answer

Answerというイヤホンは、アルミ削り出しハウジングに10mmダイナミックドライバーを搭載しており、ベーシックモデルの「Answer」と、Van Den Hul社ケーブル仕様の「Answer Truth」という二つのモデルがあります。

一見なんの変哲もないシンプルなデザインながら音質はすばらしく、発売価格はそれぞれ7万円と10万円、2.5mmバランス端子バージョンは15万円くらいと、当時ハイエンド志向では珍しかったダイナミック型という事もあり注目を集めました。さらに2016年には特別限定モデルで、Answerのアルミハウジングを真鍮製にした限定150台の「Dita Brass」を発売しました。

限定モデルのDita Brass

Answerイヤホンのコンパクトで扱いやすいハウジングデザインは、大袈裟なマルチBAタイプが嫌いなユーザーにとって魅力的なので、発売当時はまだベイヤーダイナミックAK T8iEは登場していませんでしたし、ゼンハイザーIE800やAKG K3003と比較されることが多かったです。

そのころ、私自身もAKG K3003を使っており、そこそこ満足していたので、あえてAnswerに乗り換える気分ではありませんでした。ダイナミック型のAnswerとハイブリッド型のK3003では、K3003の方派手なサウンドで、対照的にAnswerは素朴でシンプルな印象だった記憶があります。

それ以来Dita Answerの事は頭の片隅にあり、そのうち中古で安く買おうかと検討したのですが、K3003と同様にケーブルが着脱できないということで、中古で不良品を掴まされたらどうしようと尻込みしていました。また、Answer Truth、Brassなど、バリエーションごとにそれぞれ音が違うので、どれを選ぶべきか決められませんでした。

Dita Audioというメーカーの凄いところは、2015年から現在までずっとAnswerイヤホンだけのラインナップで頑張ってきたことです。製品の設計から製造まで全て自分達の手によるオリジナルにこだわり、すべて目の届く範囲で、というポリシーを追求しているため、無理な事業拡大を目指さないところが職人的で共感が持てます。

そのため、Dita Audioといえば「あのAnswerイヤホンを作っている謎の会社」という、なんだか神秘的なイメージがありました。

通常であれば、開発費を回収するためにも、同じ金型や製造ラインを利用して、低価格から高級機まで幅広いラインナップを一挙展開することが常識なのですが、Dita Audioの場合はそれとは真逆の「作りたかったイヤホンが完成したから、気に入った人は買ってね」という、イヤホンというよりも、むしろ手作りの革靴とか雨傘を作っている工房のような雰囲気です。

Dream

毎年この時期に国内外の大きなオーディオイベントなどで新製品が出揃ったころ、ブランドやジャンルを問わず一番気に入った商品を一つ買おう、という勝手な自分ルールを決めています(もちろん予算の範囲内で、ですが)。ここ数ヶ月で様々なオーディオ製品を試聴した結果、一番印象に残ったのがDita Dreamでした。

Dream

Dreamをイベントで試聴した際、直感的に「これは良いイヤホンだ」と感心して、その後周りの友人達にも「Dream良かった」「いつか買いたい」なんて言いふらしていたのですが、まさか本気で買うとは誰も思っていなかったでしょう。

実は「もうちょっと値段が下がってから買おうかな」なんて、アマゾンの「あとで買う」リストに入れっぱなしで気長に構えていたのですが、その後ちょっとして「在庫無し、時期入荷未定」→「現在取り扱いできません」の流れで、多方面から「少量生産ですぐ売り切れる、時期ロットあるか未定」なんて話を聴いたので、それなら今のうちに買っておこうと、店頭在庫がある別のショップから購入しました。こういう「限定商法」に弱いのがマニアの悪い癖ですね。

もちろん高価な商品ですし即日完売というわけでもなく、これを買いている時点では在庫がある店はいくつかありました。

デザイン

そんなわけで、単純に音を気に入ったから買ったDreamなのですが、外観のデザインは、はっきりいってあまり高級そうには見えません。

かなり地味なデザインだと思います

実は、Dream発表のネット記事を読んだときも、「なんか地味なイヤホンが出たな」程度の認識で、そこまで気にも留めていませんでした。

試聴した際も、ブースに行列も無いし、せっかくだからちょっと聴いてみようかな、くらいの軽い気持ちでした。そして聴いてみて印象がガラッと変わったわけです。やはり何事も試してみないとわかりません。

裏面

DreamのイヤホンハウジングはDita Answerと同様にコンパクトな円盤型の形状で、今回はケーブル着脱可能ということで2ピン端子部分がニョキっと伸びています。ダイナミック型なので立体的な厚さも無く、地味なマットブラック塗装なので、本当に派手さの無いデザインだと思います。

Dreamに搭載されている10mmダイナミックドライバーは、Answerで使われていたものを進化させた次世代ユニットだそうですが、さらにDreamが高価である理由が、ハウジングにチタニウムを採用しているからだそうです。

サイズ比較はこんな感じです

Dita Answerに使われていたアルミや真鍮と比べてチタンはとても硬いため、切削加工するのが面倒なのですが、音響メリットがあるということで採用したところ、値段がこうなってしまった、ということらしいです。

実際チタンを加工した事がある人ならわかりますが、一般的なNC切削機では歯が立たず、より硬いツールを使っても発熱や振動に悩まされるため、ものすごい低速でゆっくり仕上げる必要があります。また、ツールが欠けて損傷しやすく、仕上げ工程のアクシデントで台無しになるなど、歩留まりが悪いです。大規模な設備投資ができる腕時計や自転車のパーツなどであれば広く普及しているのですが、イヤホンサイズとなると、そこまで細かな作業ができる技術と設備がなかなか無く、かなり苦労します。

今回Dreamでは、日本にある企業がそれが実現できるということで、Ditaは少量ロットで加工を依頼しているため、そのせいでコストも安くできず、大量生産も無理だということです。

肝心なのは音質ですから、高級腕時計とかならまだしも、そんな苦労をしてまでチタンを使う意味はあるのか、そのへんは音を聴いてみるまでわかりません。

素材といえば、チタン同様に硬く、可聴帯域で響きにくい素材ということで、Campfire AudioはセラミックやBMG(金属ガラス)素材を導入しましたし、振動エネルギー減衰が非常に高いマグネシウムという手もあり、大型ヘッドホンではよく使われます。より小さなレコード針の世界では合成ルビーやダイヤといった鉱石を使いますし、大型スピーカーではコンクリートやガラス板を選ぶことすらあります。そんな風に、アルミや真鍮、ステンレスといった素材から離れて、様々な材料がオーディオメーカーによって検討されています。

大手メーカーの場合、どれだけ研究室の試作品でチタンが最有力候補だったとしても、中国の工場で一気に数万台が量産できないとわかれば、すぐに不採用になってしまいます。

そこを妥協せず、どんなに少量生産だとしても、試作で得たベストな音を商品として提供したい、という考えが、Dita Audioのような小さなメーカーのメリットなのだと思います。

チタン製ハウジング

そんなわけで、チタン製ハウジングなのですが、やはり地味というか、形状がいびつでザラザラしているので、素朴な民芸品というか、古墳から発掘された文化財みたいな風貌です。色合いと質感は南部鉄器の急須を連想します。

逆にこれがステルスで忍者グッズっぽくてカッコいいという人も多いと思いますが、とくに中国ではもっと豪華絢爛な方が好みらしく、デザインに関しては不評が多かったそうです。

ケーブルについて

前モデルのDita Answerではケーブルが着脱交換できないことが不評でした。万が一壊れた時の事が心配ですし、社外品やバランス端子などにアップグレードする楽しみもあります。

ケーブル直付けの方が音質劣化が少ないという説もありますが、実際ほとんどの高級イヤホンが着脱式を選んでいるので、そこまでの差は無いのでしょう。

2ピンタイプの着脱式になりました

一般的な2ピン端子であればちゃんと入ります

そんなユーザーの声に応えるように、Dreamでは2ピン端子で着脱可能になりました。端子先端が針のように尖っているのが独特ですが、一般的な2ピン端子ケーブルであれば問題なく装着できます。ただし社外品では見た目はやはり不格好になるので、純正ケーブルと合わせておきたいです。

Dreamのケーブル自体は、Answer Truthに使われていたVan Den Hul社設計のTruthケーブルを採用しており、質感もほぼ同じです。タッチノイズはほとんど無いのですが、針金のように硬くクセがなかなか消えないので、装着感はあまり良くありません。

とくに、耳掛け部分のループが針金ではなく熱収縮チューブタイプなのですが、これのテンションがかなり強く、装着後もケーブルがバネのように外側に引っ張られるような感じで、なかなか収まりが悪いです。

Y分岐部分はしっかり作られてます

Y分岐部分には大きなアルミ製のパーツを使っており、これの重さとスライダー位置で下方向・内側に引っ張られることで耳ループが安定する感じなので、慣れるまでちょっとしたコツが必要です。

Van Den Hul製だと書いてあります

こういう線材だということを見せびらかしています

ケーブルを作ったVan Den Hul社はポータブルオーディオではあまり知られていませんが、家庭用ハイエンドオーディオではかなり老舗のメーカーです。ケーブルの他にはレコード針も作っており、創設者のA.J. Van Den Hul氏がクラシックファンだということもあり、クラシック界隈では古くから人気があります。

とくに大手スタジオやコンサートホールなどの設備ケーブルにおいて実績があり信頼されています。広報でも書かれている通り、ウィーンフィルの配線を担当したり、母国オランダの高音質レーベルChannel Classicsのスタジオ配線を提供するなど、現場からのフィードバックを重要視しているようです。私自身もPentatoneやChannel Classicsのアルバムを買うとブックレットに「Cables by Van Den Hul」なんて書いてあるため、意識するようになりました。ちなみに、一部Van Den Hulの高級ケーブルを買うとChannel ClassicsのSACDが同梱してあるという嬉しいコラボもあります。

そんな有名なVan Den Hulが作ったケーブルだということですが、このケーブルの中身については、「3T」テクノロジーを採用していると書いてあるだけで、あまりはっきりとしたことはわかりません。「3T」というのは「True Transmission Technology」の略で、導体と被覆素材と形状なんかを全てを含めた全体的な設計概念みたいなものなので、公式サイトの情報を読んでも漠然としていてイマイチよくわかりません。

結局のところ、オーディオケーブルというのは、ただ単に「導体がPCOCCだから、被覆がテフロンだから」、なんてだけで高音質に仕上がるほど簡単ではないので(それだけなら500円くらいから買えます)、あえて特定の素材をセールスポイントにせず、もっと上級な概念なのかもしれません。

ちなみにケーブルの特徴としては、安定志向で低域から高域までスムーズにおとなしめに仕上がる感じなので、他のケーブルに変えてみるとどれも注意散漫になってしまいました。当面の間はDreamはこのケーブルとのセットとして考えることにします。

ともかくイヤホンケーブルとしては、もうちょっと扱いやすさを考慮してもらいたいです。

Awesomeプラグ

ケーブルについては装着感に難ありでしたが、そんな些細なことは帳消しにできるほどに、Awesomeプラグは素晴らしいです。Awesomeとは口語で「超すげぇ!」みたいな意味ですが、まさにそんな感じです。

着脱交換可能なAwesomeプラグ

Dita Audioが考案した独自規格で、ケーブルの端子プラグのみを交換できるという仕組みです。中身は4ピンでネジ込みロック付きなので、グラグラすることも、破損や接点不良の心配も無さそうです。今のところL字タイプのみですが、今後ストレートタイプや4ピンXLRなんかも作ってくれると嬉しいです。

AK 2.5mmバランス端子プラグも付属しています

Dreamには標準で3.5mmアンバランスと、AKタイプの2.5mmバランスプラグが付属しています。

さらにオプションでソニータイプの4.4mmバランスプラグも別売しており、一本のケーブルでこれらを瞬時に交換できるというのは、イヤホンマニアにとって夢のようなアイデアです。(Dita以外でも、近頃この手法は増えてきました)。

ソニー用4.4mmバランス端子プラグは別売りでした

Plenue S用に3.5mm 4極バランス端子プラグもありました

ちなみに私の場合、Cowon Plenue Sの3.5mm 4極バランス(いわゆるグラウンド分離)が必要で、このタイプのプラグはショップでは販売していなかったのですが、Ditaに問い合わせたところ、数量限定で作ってみたということで別途購入することができました。

全種類買ってみました

せっかくなので、全部のプラグを揃えてみたわけですが、これだけあれば「向かうところ敵なし」な気分になります。

Dreamを買ってから数週間使っていて何度もプラグを交換しましたが、何のトラブルも無く、かなり信頼性が高いデザインだと思います。

結局のところAwesomeプラグというのは、各オーディオメーカーが共通規格に同意できなかった事による、苦しまぎれの妥協策なわけですが、今後短期間でそれが解消される見込みも薄いので、とりあえずのアイデアとしては素晴らしいと思います。

このAwesomeプラグを含めたケーブルは単品でも購入できるのですが、定価6万円ということで、かなり覚悟がいる価格です。そう考えるとDreamが案外安く思えてしまうのもトラップです。ちなみに単品版ではMMCXタイプもあります。

今回Dreamの発売と同時期に、Answer Truthイヤホンも、「Awesome Truth」という名前で、先端のみAwesome Plugになったバージョンが登場しました。あいかわらずケーブルは本体に固定されており着脱不可能です。

イヤーチップについて

Dita Dreamは、普段のイヤホン以上にフィット感と音質の両方でイヤーチップの選択に悩まされました。いまだに100%満足できるものに巡り会えていないので、これからも色々と試してみます。

フィットが難しいのですが、不快な痛さは全く無いので、じっとしている分にはむしろ快適です。ただし音質はかなり変わってしまうので注意が必要です。

音導管が意外と長く、かなり前方傾斜がきついです

Dreamの音導管は長く前方に傾斜していて、しかもイヤーチップが引っかかる溝が結構先端の方にあるため、多くのシリコンイヤーチップの場合、かなり本体から突き出たような装着位置になってしまいます。

音導管が長い場合は傾斜無しが一般的です

人間工学的には、耳孔に指を入れてみればわかるように、入り口は前方傾斜してから、その先は横向きになる二段構造なので、Dreamほど傾斜していて長いとシリコンが耳孔奥に入っていきません。(無理に押し込むと、ハウジングが浮いてしまいます)。たとえばJH Audioなどは前方傾斜で絞られてから横向きになるデザインですし、Westoneではハウジング自体が斜めに傾斜して、音導管は横向きといった感じです。

Dreamの場合、付属純正チップ、ソニーハイブリッド、SpinFit、JVCスパイラルドットなど、色々試してみたのですが、ベストな音質を得るコツがわかってきました。

まず、音導管の先端から長く突き出すタイプのイヤーチップでは、内径に音が反響するため低音がモコモコになってしまうので、たとえばSpinFitやコンプライは長すぎるためダメでした。

さらに、音導管がしっかり耳孔奥まで入るタイプでないと、中高域の鮮度が落ちて、押しが弱くなります。たとえば、フィット感が良いからとスパイラルドットのLサイズで適当に耳に置いた状態で使っていたら、音質は最悪でした。

これはほとんどのイヤホンで当てはまる事ですが、どのイヤーチップが合うか簡単なテストとして、装着状態でハウジングを指でグッと押してみても、ハウジングが耳に密着していてそれ以上進まず動かなければOK、もしイヤーチップを支点としてゴムのように弾むようであればチップが大きすぎる、ということです。

そして、最後に肝心なのが、イヤーチップがピッタリ耳孔に密着していることです。そうでないと、遮音性が悪い、移動中に外れやすい、左右バランスが狂う、という問題がありますし、とくに低音のパワーがスカスカになってしまいます。

ファイナルのやつもそこそこ良かったです

結局は個人差なのですが、私の場合はソニーのノイズアイソレーションイヤーピースMサイズが良い感じでした(他社シリコンとくらべて長さが短く、内部のスポンジのお陰で密着感が良い)。友人の場合はファイナルのやつがベストだそうです。他にも良いものがあるか探しています。

パッケージ

せっかく買ったので、パッケージ写真を撮っておきました。

外箱はイヤホンとしてはかなり大きく、贈呈用菓子とか高級茶葉セットなんかが入ってそうな厚紙製です。サイズ比較のためブルーレイケースを並べています。

イヤホンなのに大きなパッケージです

別売4.4mmバランス端子プラグのパッケージ

たかがプラグなのに丁寧なパッケージです

ちなみに4.4mmと3.5mm 4極のAwesomeプラグは別売だったので、本体とは別の黒い箱に入っていました。

フタを開けると

こんな感じです

箱を開けるとまず黒紙で創業者のDannyとDesmond氏のサインがあり、その下にイヤホン本体が丁寧に梱包されています。Answerとほぼ同じデザインで、丁寧なプレゼンテーションです。2.5mmバランス端子も並べてあり、Awesomeプラグであることを披露しています。ケーブルが格納してある部分には、シリアルナンバー入りのメタルカードがついた説明書ブックレットがあります。

下の段はこうなっています

豊富なイヤーチップ

同じサイズでも若干形状が違います

箱の左右の黒い紐を引っ張ることで、下層にアクセスできます。シリコンイヤーチップは微妙に形状や硬さが異なる三種類がそれぞれS/M/Lで付属しています。さらに、音導管のメッシュフィルターっぽいのも付属していました。万が一紛失した場合のためでしょうか。これは入っていなかったという話も聴いたので、ロットによるのかもしれません。

さらに飛行機用アダプターも付属しているのですが、よくある汎用品ではなく、わざわざアルミ削り出しでDitaロゴ付きの豪華なものです。これまで見た飛行機アダプターの中で一番豪華かもしれません。紛失するのが怖いので実際に使うことは無いでしょう。

もうひとつの白い箱にはレザーポーチが

こんなデザインです

もう一つの小箱には、レザーのソフトケースが入っていました。簡素な財布みたいなタイプで、レザーの質感もデザインもとても高品質でオシャレなのですが、これにDreamイヤホンを入れるかというとちょっと心配なので、できればハードケースなんかを付属してほしかったです。

鳴らしやすさ

1kHzサイン波テスト信号でインピーダンスを測ってみたところ、このようなグラフになりました。

インピーダンスと位相

公式サイトのスペックでは16Ω・102dB(/mW?)ですが、ケーブルを含めて17.8Ω程度になりました。4.8kHzでほんのちょっと盛り上がる以外では、完璧に横一直線のインピーダンスです。

左右ユニットが判別不能なくらいピッタリ合っていますし、とくに位相(グラフの破線)が低音から可聴帯域はずっと5°以下をキープしているのが素晴らしいです。

実用上では、能率がそこそこ低いこともあり、一般的なIEMイヤホンよりも結構ボリュームノブを上げる必要があります。スマホなどではギリギリ厳しいかもしれません。とくにクラシックなど平均録音レベルが低い場合、AK240では110/150くらい上げないとダメでした。

音量以上に重要な事は、このイヤホンはアンプの性能(駆動力?)に音質がかなり影響されやすいみたいで、とくにAK240やAK300などは個人的に相性が悪かったです。アンプが貧弱だと音量は十分出ていても音色のボディがスカスカで、表面的な質感のみで充実感の薄いサウンドになってしまいました。なんだかクリームの入っていないクリームパンみたいな感じです。

Plenue Sはそこそこ良かったですが、ソニーNW-WM1ZやAK KANNではバランス接続にしないと本領発揮できませんでした。Chord HugoやiFi Audio micro iDSDのようなパワフルなポタアンや、ラックスマンなど据え置き型アンプを使うメリットは十分感じられました。私の持っている中では、特にJVC SU-AX01との相性が良かったです。

ようするに、合わせるアンプによってかなり印象が変わるので、試聴の際には惜しみなく最上級のアンプを駆使して聴いてもらいたいです。

音質とか

まず第一印象として、「Dream」という眠そうな名前とは正反対の、目が覚めるようなクリアサウンドです。

Dita Answer Truthとくらべてもかなり勢いがあり、メリハリの強い仕上がりなので、無難な正統派アップグレードというよりは、むしろ人を選ぶスペシャルモデルという印象です。

メーカーいわくエージングには500~700時間必要だということで、買ってから300時間くらいは鳴らしてみましたが、新品開封時は金属っぽいキンキンが強く、エージング後は落ち着いて中低域とのバランスがとれてきました。200時間くらいからはあまり変化が感じられません。


ドイツ・グラモフォンから、シノーポリ指揮ベルリン・ドイツ・オペラのシュトラウス「サロメ」を聴きました。

このアルバムは1990年のデジタル録音ということで歴代サロメの中でも不人気なのですが、音質が素晴らしく、試聴テスト盤として過去10年くらいずっと欠かさず自分のDAPに入れている愛聴盤です。当時のグラモフォンらしく繊細なレイヤーを何層も重ね合わせるような音作りで、デジタル世代のドイツ録音芸術とも言うべき神経質すぎるほどの完成度を誇っています。


なぜ今回は新譜ではなく、普段聴き慣れているアルバムを紹介したのかというと、これまで何百回と聴き返したこの録音で、Dita Dreamは想像を絶するサウンドを披露してくれたからです。

普段のイヤホン試聴であれば、名場面を何曲か選んでちょっと聴く程度に留めるのですが、Dreamで開幕シーンを聴いた瞬間からもう虜になり、集中力が途切れず、結局最後まで全部聴き通してしまいました。(サロメは1時間半くらいの短いオペラです)。

まず凄いのは、歌手陣のクリアさです。「分離が良い」といえばいいのか、全ての音域で、全てのキャストが輝いています。何を歌っているのか、一句一小節が明確に聴き取れ、そしてキャラごとの個性が活きています。聴いていて、「あ、ヘロデ王だ」「ヨカナーンが出た」なんて、声の個性だけで演劇の展開がハッキリ把握でき、そのためストーリーに引き込まれます。

周波数帯がとても広く、ベースやバリトン、テノールにメゾにソプラノと、どの音域も同じくらい輝いており、「このイヤホンは高音寄り」とか「カマボコ」「ドンシャリ」、みたいな発想すら思い浮かびません。不得意な帯域が無いのは、シングルドライバー型としては異例だと思います。

そして、オーケストラの楽器も、それぞれがお互いを邪魔せず、分離の良さが凄まじいです。響きに包まれるといった感覚がまったく無く、「楽器が鳴っているか、それとも無音」というくらいメリハリが明確です。

なんだか、録音されている以上にダイナミックレンジが広く、演者と背景がハッキリ分かれているかのようです。しかも無駄が無く、研ぎ澄まされた刀のように、瞬間ごとの音色の変化がスリリングです。

音像は一般的なイヤホンらしい、距離感はあまり無い頭内定位ですが、それでいて分離がすごく良いので、なんだか脳内に広大な宇宙空間を展開しているような不思議な感覚です。「指揮者ポジション」に近いとも言えます。


音がクリアなのに、いわゆる金属ハウジングのような硬さが無いということにも驚きました。分離が良いと言うと、高音がシャープなモニター系サウンドを想像するかもしれませんが、たとえばMDR-EX1000のような乾いたデッドさや、IE800のような線の細さでもなく、音色が艶っぽく輝いています。

これはDreamのチタンハウジングのおかげだと断言できるわけでは無いのですが、これまで様々なイヤホンハウジングで「響きのクセ」が感じられたところ、Dreamはそれらとは全く違う独特の響きです。

アルミや真鍮ではアタックがカキンと硬質に立ち上がり、続いて余韻がキーンと長く響くところ、Dreamでは立ち上がり寸前のほんの僅かな瞬間に「スムーズな響きの余裕」があり、逆に引き際はスッと雑味が無く綺麗に消えてくれます。

そのせいもあり、Dreamでオペラを聴いていて感じたのは、時間軸の正しさ、瞬間の大切さです。息を呑むような、と言えるくらいスリリングな体験で、展開から目が離せません。

どういうことかというと、他のイヤホン・ヘッドホンであれば、高音や低音の響きというのはある程度長い時間(10~100ミリ秒単位で)間延びして、リスニング中それの連続で、常に余韻に包まれているような状態なのですが、Dreamの場合、進行中の音楽が瞬間の連続で、決して間延びしません。

これは言葉で表現するのは難しいのですが、同じ声や楽器の音であっても、その瞬間ごとの音色の変化がリアルタイムで感じ取れる楽しさです。

そんなDreamを一度味わってしまうと、他のイヤホンでは録音に含まれていない余計な余韻が発生していて、そのせいで音色の変化が隠されてしまっているようにすら思えてきます。

つまりDreamは、楽器本来の倍音が豊かに体感できる「響き」の魅力と、歯切れよく音色同士が被らないアッサリしたタイミングの良さという、矛盾するような二つの要素を見事に両立できている、その絶妙なバランス感覚に圧倒されました。


Chandosレーベルから8月の新譜で、Tasmin Littleによるシマノフスキーとカルウォーヴィチのヴァイオリン協奏曲を96kHzハイレゾダウンロードで聴いてみました。オケはEdward Gardner指揮BBC交響楽団なので安定感抜群です。

シマノフスキーは20世紀の近代作曲家としてはメロディアスで聴きやすく、しかもまるで映像作品のようにスリリングな作風なので、オーディオファイル・デモ用アルバムとしても最適です。

Dreamでこのアルバムを聴くと、ヴァイオリンの響きが美しすぎて惚れ惚れします。この素晴らしさには本当に驚きます。

圧倒的にクリアなのに、どんなにボリュームを上げても全く潰れず、破綻しません。まさに「シルクのような響き」という表現がピッタリです。よくありがちな、弓の擦れや奏者の指使い(あと鼻息)が聴こえすぎるディテール重視なサウンドではなく、むしろヴァイオリンのボディから発せられた音色の響きがとてつもなく厚く、鮮やかです。

そして、ヴァイオリンソロだけが音楽全体を圧倒しているのではなく、オーケストラも不快感や破綻が無く、フルートやクラリネットのちょっとしたパッセージでさえソリストのようなクリアな表現です。

Dreamがとくに独特だと感じるのは、演奏の背景にある「何も音が無い」空間が、漆黒のような静けさで、演奏者の芯がしっかり立っていることです。

「背景が黒い」というのはオーディオでよく使われる表現なのですが、このDreamの場合には、ヴァイオリンがどんなに派手に演奏している瞬間であっても、ふと注意をそらせば、その後ろにある背景の空気みたいなものがはっきりと感じ取れます。それぞれの楽器がちゃんと「分離」していて、鮮やかでありながら、必要以上に場面を汚さない丁寧さと余裕を持っている、ということだと思います。

このアルバムがトップクラスの高音質録音だということもありますが、とにかくノイズや不快感が無いので、アンプのボリュームを上げれば上げるほどDreamから音色の美しさが溢れ出し、底が知れない情報量に没入できるため、際限がありません。

あまり耳の健康には良くないことは承知ですが、チキンレースのごとく「これ以上ボリュームを上げたらヤバイぞ」と内心思いながらも、あまりの音色の美しさに、グイグイとボリュームを上げてしまいます。


高音質オーケストラ録音ばかりでは、Dreamはクラシックに特化したイヤホンなのかと思われてしまいそうですが、実はもっと驚いたのは、古いジャズのモノラル録音を聴いた時でした。

定番でベタすぎるかもしれませんが、Blue Noteレーベルからアート・ブレイキー「A Night at Birdland」を192kHzハイレゾリマスターで聴いてみました。

1954年ニューヨーク「Birdland」でのライブ録音で、ジャズマニアが好むハードバップというジャンルの幕開けとも言える原点のアルバムです。それ以降、ヴァン・ゲルダー・スタジオのサウンドで世界中のオーディオマニアを魅了したブルーノートですが、このアルバムはジャズバーでのライブ出張録音ということで音質や設備的に不利と思いきや、その熱気や臨場感で観客との一体感が味わえる名盤中の名盤です。

レトロなアナログテープのモノラル録音ということで、Dreamの得意とするクリアな情報量が活かせないと予想していたら、とんでもない、むしろこれでDreamの本領発揮が体験できました。

まず、音場はモノラルの定位がビシッとセンターに決まっており、頭内の、ちょうど目の裏側くらいに、Birdlandの風景が浮かび上がります。観客席での鑑賞ではなく、Dreamの名前どおり、夢で空想しているような感覚です。

そして、そこに飛び交うブレイキーのドラムは瑞々しくエキサイティングで、クリフォード・ブラウンのトランペットは朗らかで歌心に溢れています。とくに中域から高域にかけて文句なしに素直で、音色が良く伸びて、激しく、美しい、そんな矛盾するような要素を全部備えている事に驚かされます。

さらに、他のイヤホン・ヘッドホンではそこそこ背景のテープノイズみたいなものが聴こえるのですが、Dreamではそれが全く眼中にはいりません。注意して聴けば、たしかに聴こえるのですが、音楽の背景とテープノイズは全く別の次元にあるかのようです。

つまり、こんなに古い録音なのに、背景と楽器音の差が大きく、体感上のダイナミックレンジが非常に広いです。これはさっきオペラアルバムを聴いた時も感じた、Dreamならではの魅力です。

体感ダイナミックレンジを拡張してくれるというのは、たとえばアルテックなどの大型ホーンスピーカーでも味わえる、ジャズマニアならよくわかる体験なのですが、Dreamはその中でもとりわけ極上な部類でしか実現できない、クセがなく全帯域において音楽のダイナミックさを演出してくれるような力を持っています。

とくに帯域にクセが出ないということは、音楽の展開に応じて様々な表情を見せてくれるということです。10分近くの長い演奏でもテンションが続き、飽きが来ないのは、この素直さのおかげです。

よく、ほかのイヤホンを聴いていて「曲の途中で飽きてきてしまう」というのは、たぶん無意識に、曲を通してずっと強調され続けている響きがあるからなんだろうな、なんて、Dreamを聴いていて、なんとなくそう思えてきました。

では、Dreamは全てのジャズや、古い録音をダイナミックに演出してくれるのか、というと、そうではありませんでした。元の録音とデジタルリマスターの仕上がりで、その効果がかなり違ってきます。

具体的にハイレゾだからとか、何kHzまでの高音が入ってるから、とか、そういった理由ではなく、たぶんエンジニアの腕前によるものだと思います。たとえば80年代に作られたOJCシリーズのCDから何枚か聴いてみても、なんだか気の抜けたビールのようで、グッと来るものは少なかったです(もちろんその中でも優秀盤はあります)。逆に最新録音やリマスターでも、音圧が高すぎてハイテンションで音色が潰れているものはDreamで聴くと一目瞭然です。

Beyerdynamic Xelento

Campfire Audio Vega

せっかくなのでいくつかのイヤホンと聴き比べてみました。

まずAnswerと同世代のAKG K3003ですが、BA+ダイナミックのハイブリッドで、さすがに設計が古いため、残念ながら一世代前のサウンドのように聴こえます。歯切れよくエキサイティングですが、高音は旧式BAらしくシンバル・ハイハットがとくに目立ちトランペットは消えてしまい、一方低音はフォーカスが緩いです。

マルチBA型のCampfire Audio Andromedaは、Dreamよりも高音の豊かな空気感が優秀で、キラキラと輝いているところが魅力的ですが、楽器そのものの出音と余韻の区別をつけるのが苦手で、常に空気感と演奏者の音が交互に競い合うようなせめぎあいがあります(それが空気感に包まれる感覚なわけですが)。Dreamはアーティストの声や楽器から音が出て、その後の響きは背後の空間に消えていく、決してお互いが邪魔をしない、という区別がはっきりとしています。

Beyerdynamic Xelento/AK T8iEは、私自身T8iEを長らく使っており結構気に入っています。これの魅力はまるでコンサートホールのような豊かなスケール感と繋がりの良さだと思います。ちなみにXelento/T8iEは響かせるチューニングが違い(Xelentoの方が高域寄り)それ以外の性格は似ています。

Dreamとくらべてみると、Xelento・T8iEは音楽が響きの海に溺れてしまっているようで、音色の鮮やかさは隠れてしまいます。じつはライブアルバムの臨場感を味わいたいのであれば、Dreamよりもこちらのほうが魅力的だと思います。Dreamではどうしてもアーティストが目の前にいるような、もしくはマイクの音を直接無濾過で聴いているようなダイレクト感が強く、ホールの雰囲気はあまり出ません。

Campfire Audio Vegaはもっとメリハリがシッカリしていてロックやポピュラー向けのサウンドだと思うのですが、とくにDreamと比べると中低音の力強さと暖かさが充実しています。

Dreamは冷たいというほどでは無いですが、中低音は膨らまない傾向なので、もうちょっと肉付きがよいサウンドを求めているならVegaがお薦めです。

ジャズではキックドラムやウッドベースの低音楽器が要所で入ってくるのですが、Dreamはそういったシーンでは十分すぎるほどズシンと鳴ってくれます。ただやはり響きがスッと退いてしまうので、何もない時間の方が長くなってしまいます。そこをVegaはふくよかに補ってくれます。

中低音以外でDreamとVegaの決定的な違いは、Dreamでは歌手や楽器のボディそのものが鳴って「音が出ている」ように聴こえる音色が、Vegaではスタジオに鳴り響いている音色の方が強調されます。アタックとか倍音成分とか、色々な理由があるのでしょうけど、同じ音色なのに、ここまで聴こえ方が違うことに驚きました。つまりVegaではDreamほど実態が掴めず、響き成分をメインに聴いているような煮え切らない気分になってしまいました。


ジャズに限らず、たとえばアナログ世代のヒップホップなんかどうだろうと聴いてみると、また新たな発見がありました。

1990年のKool G Rap & DJ Polo 「Wanted: Dead or Alive」で、Dreamの新たな特徴に気が付きました。

まず、オペラの時と同じように、ボーカルの声がものすごくハッキリと聴こえます。フレーズやイントネーションが、まるで自分の目の前でマンツーマンで披露してくれているかのようなクリアさです。

録音に使ったマイクは結構ちゃんとしているな、ミックス内で声の帯域をちゃんと確保しているな、ということがわかります。その背後のチープなシンセパートやアナログ起こしの粗いサンプリング音源もハッキリと区別されます。

ようするに一曲を構築している全ての要素が、マルチトラックミキサーのごとく、部品ごとに個別の表情と音質を持っています。

たとえば、よくある事ですが、リズムマシーンのハイハットがあまりにも不快です。明らかにコンプレッションをガンガンにかけて、音圧がリミットに貼り付いていることがハッキリ聴こえます。いわゆるチキチキいうだけの音です。

Dreamは高音がきびしいとか、キンキン刺さるというのではなく、しかも悪い録音だからといって、全体が悪く聴こえるわけでもありません。Dreamの凄いところは、その録音の中で、「何が」悪いのかがはっきりと聴き取れ、理解できることです。

これが、いろいろ聴いてみて感じたDreamの弱点だと思います。

Dreamで音楽を聴いていると、ボーカルは綺麗だからボリュームを上げたい。でも別の楽器(たとえばハイハット)が低音質で不快すぎるから、これ以上は上げられない、なんてジレンマに常に悩まされます。

イヤホンのクセによる不快な響きではなく、録音内の悪い部分を上手に料理してくれない、ダイレクトすぎて妥協を許さない「聴くに堪えない」シビアさです。

たとえば、私が普段使っているイヤホンのUnique Melody Mavisなんかはその料理が上手で、たとえハイハットがコンプレッションかかりまくりでも、それがなんとなくフワッと暖かく良い感じに鳴ってくれて、不快にはなりません。

低音の量感も、それで決まってしまいます。このヒップホップのアルバムでは、もっとガンガン低音が鳴って欲しいのに、Dreamの適正音量がハイハットで決まってしまうため、低音がスカスカです。さっきのヴァイオリン協奏曲やジャズでは、録音内に不快音が無かったため、かなり音量を上げても全く問題なく、高音も刺さらず、低音もパワフルにズシンと鳴り響きました。

この問題は、ヒップホップだけでなく、ポピュラー楽曲の多くで悩まされます。マルチトラック録音というのは玉石混交なので、歌手のボーカルトラックだけはお金をかけていて、うっとりするほどの美音なのに、背後のリズムパートはチープなサンプリング音源で、ミックスバランス調整のためにEQで穴を空けまくり、位相狂いまくり、残った痩せた音にコンプかけまくり、という三重苦が当たり前の世界です。そんな作品をDreamで聴くと、ボーカルを楽しめる音量に到達する前に、不快音が目立ってしまいます。(もちろんどのジャンルにも優秀録音はあるので、悪い例の話です)。

結局、もし大手メーカーであれば、イヤホン試作機を試聴テストしている段階で「このアルバムのハイハットがキツイからもっとマイルドに仕上げよう」という決断をしていると思います。万人受けするためには仕方がない事です。

たとえば、大手自動車メーカーの開発部が、サーキット最速で、最高のドライブフィーリングを味わえるスポーツカーを造り上げたとしても、いざ販売となれば、時速50キロの街乗り優先で、渋滞や車庫入れで苦しまないような車に仕上がってしまいます。

Ditaは小さい会社であることのおかげで、良くも悪くも、一切の妥協をせずにDreamというイヤホンを世に出すことができたのだと思います。

おわりに

Dreamを買ってから、何十枚ものアルバムを聴いてみてわかったのは、録音が自然で優秀であるほど、Dreamは美しく伸びやかに、まろやかに、圧倒的なダイナミックレンジで鳴りきってくれる、すさまじいイヤホンだということです。

空気感や音場展開は限定的なので、リアルなコンサートホール体験とはかけ離れているのかもしれませんが、周波数特性はとても広く、イヤホンで聴いているという感覚が薄く、音楽との壁が無くなり、没入感は圧倒的です。

Dreamで音楽を聴きながら普段の通勤路を歩いていたところ、頭の中に展開する音色・リズム・音像・ダイナミクスなど、あまりの完成度に没頭してしまい、白昼夢のごとく引き込まれてしまいました。ここまでリスナーを現実から引き離し、音楽の世界へのトリップ感が体験ができるイヤホンは極めて稀で、まさにDreamという名前そのものを表しています。

しかし欠点として、もしほんの少しでも録音に不備があれば、それをダイレクトに耳元に投げつけて不快にさせますし、音質への考慮が限定的な録音では、何もそこからは美しさが生まれないという、演出の苦手な退屈きわまりないサウンドになってしまいます。

録音の新旧やジャンルなどを問わず、録音に込められた音質への努力と追求がしっかりと報われる、しかもその振れ幅が極端すぎるほど明白という、扱いづらいイヤホンだと思いました。そんなところが、オーディオマニアとして聴く価値があり、手懐ける甲斐がある「ハイエンド」な逸品であり、私もそれに共感してしまったのだと思います。

二つのDream

余談になりますが、私がDreamを買った翌日に、別件で家に遊びに来た友人(冒頭の写真のソニーNW-WM1Zのオーナー)が興味本位でDreamを試聴してみたところ、その翌日には「オレも買ったよ」との報告が来ました。普段そんな気軽に買い物をする人でもないので、驚かされました。後日、二つのDreamを並べたのが上の写真です。

つまり、私と同じように、世の中のイヤホンになにかしら漠然とした不満があって、Dreamを聴いた瞬間に「コレだ!」と思うところがあったのでしょう。

Dreamは必ずしも完璧もしくは万能と言えるイヤホンではないと思うのですが、そのかわりに、もし高音質録音に巡り会えたら、他ではありえないくらい最高の音楽を味わうことができる、とてつもない潜在能力を秘めたイヤホンです。