2017年12月24日日曜日

いろいろ試聴記 オーディオテクニカ ATH-ADX5000

いろいろ試聴記の七回目は、オーディオテクニカの開放型ヘッドホンATH-ADX5000です。

オーディオテクニカ ATH-ADX50000

同社のフルサイズ開放型ヘッドホンというと2012年発売のATH-AD2000X以来です。その間にはW1000ZやA2000Zなど密閉型の新型が続々登場しているので、新たな開放型はそろそろかと待ち望んでいたところ、凄いモデルがやってきました。待望のフラッグシップモデルということで気合が入ったヘッドホンです。

残念ながら約26万円と高価すぎて手が出せないのですが、聴いてみてかなり欲しくなりました。


ATH-ADX5000

オーディオテクニカのヘッドホンというと、基本デザインは変わらず、数年ごとに微妙なマイナーチェンジを重ねて進化しているようなイメージがあります。これまで開放型のトップモデルはATH-AD2000Xだったので、順当にそろそろ後継機が出るのだと思っていました。しかし今回登場したADX5000は期待のさらに上を行くフラッグシップとして完全新設計というところが興味を惹きます。

これまでのモデルネームとしては、ADが開放型、Aが密閉型、Wが木製ハウジングといったジャンル分けで、その中で数字が高い方が上位機種、さらに語尾に世代を表すXやZがついていました。

左からAD2000X、A2000Z、W1000Z

密閉型は2002年のA2000Xから2015年のA2000Z、木製は2009年のW1000Xから2014年のW1000Zといった風に、かなり長い歳月を空けて世代交代を行なっています。開放型では2012年のAD2000Xが現行モデルで(私も持っています)、次は順当に「Z」世代が登場するのかと思っていました。

そして現れたのはAD5000XやAD5000ZなどではなくADX5000という名前なので、これまでの単なる延長線上ではないということでしょう。従来の慣例と違うので名前を覚えにくいです。

2005年のATH-W5000

5000というのはオーディオテクニカファンとしては特別で、2005年に木製ヘッドホンの高級機としてW5000が登場して以来、密閉型A、開放型ADともに2000がトップモデルだったので、今回初めて開放型で5000という数字を使ったことにも意気込みを感じます。

ちなみに木製ヘッドホンW5000は発売から12年が経った今でも現行モデルとして購入できます。10万円の超高級ヘッドホンということで2005年の発売当時は「こんな高いの一体誰が買うんだ?」なんて言われてましたが、今となってはもっと高価なヘッドホンはいくらでもある時代になってしまいました。

W5000のサウンドは今聴くとハウジング由来のクセが強いものの、オーディオテクニカらしさが存分に発揮されており、高級木材を使っている国産手作り製品だけあって値崩れせず、いまだに定価で売っています。私自身はウッドハウジングに傷をつけるのが怖くて実用的でないので買っていません。ちなみにヘッドホン収納用スーツケースが付属しているのもW5000と今回のADX5000のみなので、それも5000クラスならではのデラックス仕様なのでしょう。

専用の収納スーツケースが付属しています

店頭試聴機なのでSAMPLE NOT FOR SALEと書いてありました

今回試聴したADX5000は店頭試聴機だったのですが、ちゃんとスーツケースも付いてきました。W5000のケースは表面がハードプラスチックだったのですが、ADX5000のは楽器ケースでよくある弾力のあるビニール張り仕上げです。試聴機なのでNOT FOR SALEと書いてありました。

専用スーツケースと別売りバランスケーブル

ケーブルも付属の6.35mmアンバランス3mのものと、別売りの「AT-B1XA/3.0」という4ピンXLRバランスケーブルも試聴用に用意されていました。

別売りバランスケーブルはかなり太いです

このバランスケーブルは発売価格43,000円ということで、純正交換品としてはかなり高額なのですが、線材が付属アンバランスケーブルよりも太く、ただ単にコネクターをXLRに変換しただけではないことは明らかです。コネクターもノイトリックの後ろ半分をカスタムパーツに変えたおしゃれなデザインです。

アンバランスと同じ線材のバランスケーブルを付属するくらいなら容易にできたはずなのに、あえてこのクラスの別売品を用意したことに、オーディオテクニカの自信を感じます。

軽量化を徹底したスケルトンのような構造

前から見るとずいぶん古典的なデザインです

ADX5000の本体を手にとってみるとまず感じるのが、「圧倒的に軽い」ということです。スペックで270gだそうですが、大きいので体感的にはもっと軽く感じます。デザインを眺めてみても、本当にドライバーとイヤーパッド以外は何も無い、と言えるくらい思い切った軽量化を図っているため、この軽さには納得できます。剛性はしっかりしているので、貧弱で壊れやすいという風には思いません。

外側から見るとドライバーにJAPAN MADEと書いてあります

新開発58mmドライバーは近頃のトレンドの例に漏れず、プラスチック振動板に硬質薄膜を蒸着するというテクニックを採用しています。ソニーのアルミコートやオンキヨー・JVC・Finalなどのチタンコートなど色々ありますが、ADX5000はタングステンコートを選択しています。だからタングステンっぽい響きがする、というほど単純ではないと思いますが、それでも最終的な音色に大きな影響を与えそうです。

ドライバーユニットと白いバッフル面が並んでいます

さらに、これまでAD2000Xなどではドライバーユニット(いわゆるカプセル)がバッフルプレートにネジ留めされていたのですが、ADX5000ではバッフルの中心にぴったり圧入されている「バッフル一体型」というデザインになっています。音の歪みを低減するそうですが、軽量化にも貢献する合理的なデザインだと思います。

それ以外では、公式サイトによると、振動板を耳とグリルのちょうど中間点に配置した「コアマウントテクノロジー」ということを主張しています。ATH-SR9でも振動板の前後空間が均一になる「ミッドポイントマウントテクノロジー」というのが書いてありましたが、同じようなアイデアでしょうか。SR9のような密閉型なら説得力がありますが、完全開放型ADX5000の場合、そもそも開放グリルがどれくらいの音響効果があるのか不明です。

黒い開放グリルと銀の外枠が継ぎ目なしに融合しているのがわかります

ハウジングはこれまでのATH-ADシリーズとよく似たパンチングメタルのグリルですが、それが直角に曲がってハウジング外周パーツとしても一体化しているのが凄いです。ここまで複雑な部品はあまり見たことがありません。

単純に軽量化で装着感を良くするというだけでなく、これほどドライバーが剥き出しになっているということは、ハウジングによる小細工や妨げ(音響フィルターのような効果)がほとんど無く、純粋にドライバーの音だけで勝負していることを証明しているかのようです。

また、HD800などと違いドライバーに傾斜をつけず、ほぼ並行(耳に対して直角)に配置されている事も意外でした。近頃の大口径ダイナミックドライバーヘッドホンというと傾斜させて前方定位を擬似的に再現するのが流行していますし、オーディオテクニカもATH-A2000ZやW1000Zなど現行モデルで初めて傾斜配置を採用しはじめています(私としては、X世代が並行ドライバーでZ世代が傾斜ドライバーというイメージがあります)。それを今回あえて平行配置に戻したというのは、どちらが優れているというよりは、モデルごとに一番効果的な配置を選択しているのでしょう。

ヘッドバンドは非常にシンプルです

こちらもシンプルなスライダー調整機構

スライダー部分の内側

さらにヘッドバンドも、今回初めてオーディオテクニカ伝統の3Dウイングサポートを採用しなかったことに驚きました。これも軽量化のためだそうですが、これまであれほどメリットを主張してきたウイングサポートを破棄するとなると、社内でもそうとう荒れたと思います。実際あのウイングサポートは好き嫌いが分かれるので、私はそこまで深い思い入れはありません。

しかも、なにかしらレザーパッドなどを吊るすのが一般的なのに、頭に乗せる部分が二本のアーチのみというシンプルなデザインも一見ちょっと心配になります。

しかし実際に装着してみると、これがかなり快適です。本体がとても軽いというのもありますが、二つのアーチの間隔が広く、頭頂部を圧迫する感触が無いため、長時間でも全く痛くなりませんでした。

イヤーパッドは良い感じです

イヤーパッドも一見薄手で簡素なのですが、サイズはかなり大きく、裁縫のマチに余裕があるので装着感はとても良いです。個人的にはAD2000Xのものより随分良くなっていると思います。HD800ほどピッタリ布地が張っていないので、フカフカとかモチモチといった表現ではなく、なんというかしっくりくるソファーや洋服とか帽子のように、布地に余裕があってサラッとした肌触りです。

素材はアルカンターラということでHD800と同じような肌触りですが、HD800のは5年ほどで経年劣化でボロボロに朽ち果てたので、これはどれくらい持つか気になります。取り外し交換はAKG・ベイヤー方式なので簡単です。

側圧は結構強めなのですが、設計が上手で開放感があるので、HD800とかと肩を並べるような快適な装着感だと思いました。ハウジング背面だけでなくイヤーパッドの方にも通気性を持たせていることで、圧迫・密閉感が皆無です。

ATH-R70xと並べてみるとそんなにサイズは変わりません

実際に装着してみると、たしかにATH-AD2000Xの進化型という感じもあるのですが、私としては、イヤーパッドや側圧など、どちらかというとATH-R70xの印象が強いです。R70xは「プロフェッショナルオープンバックレファレンスヘッドホン」という肩書で2015年に登場したヘッドホンで、値段も4万円台と手頃なのですが、これが実はリスニングでも結構良いヘッドホンだと密かな人気を博しています。(A2DC対応の上位モデルを出してくれませんかね)。

R70xは小型機というイメージがあるのですが、実際にADX5000と並べてみるとそこまで大差ありません。装着感は「あとちょっと大きくて余裕があれば快適なのに」というギリギリ微妙なサイズだったので、今回ADX5000でそれが一回り大きくなって、さらに進化したデザインのおかげで優秀な装着感が実現できたと思います。なんだかR70xが予行練習で、それのフィードバックを元に本気を出したのがADX5000なのかもしれません。

ADX5000のデザインにマイナス点があるとすれば、これほどまで全てのパーツにおいて軽量化の努力が実感できるということで、その反作用として他社の高級ヘッドホンと比べて簡素に見える、ということです。知らずに手にしたら26万円とは思いもしませんし、むしろAD2000Xよりも安く見えるかもしれません。高価なヘッドホンらしい高級プレミア感を演出することを放棄しているので、音を聴いて気に入った人以外は興味も示さないようなストイックさです。

オーディオテクニカA2DCコネクター

コネクターを接続したところ

アンバランスと別売りバランスケーブルの比較

ケーブルはオーディオテクニカ独自のA2DCコネクターで着脱式になっています。独自規格というのは賛否両論ありますが、このコネクター自体がとても優秀なので文句を言えません。最近は社外品の自作用コネクターとかも手に入りやすくなってきましたし、できれば2ピンやMMCXが廃止されて全部これに変わっても良いと思っているくらいです(多分無理ですが・・)。

付属ケーブルは柔らかく、AD2000Xのビニールみたいなテンションの強いケーブルやR70xのベタベタしたゴムみたいなケーブルと比べると随分良くなっています。

別売XLRバランスケーブルはかなり太く、まるで高級電源ケーブルかのごとく、これまで見てきたヘッドホンケーブルの中でも相当太い部類です。しかし柔軟性は高く、蛇がとぐろを巻くように簡単に巻き取ることができるので、扱いは楽でした。不思議なのは、バランスケーブルの方が線材が太いというわりには、Y分岐点より上はアンバランスのとあまり違いがありません。

音質とか

ATH-ADX5000のスペックは420Ω・100dB/mWということで、真面目にインピーダンスが高いためDAPでは駆動が若干難しいです。しかし私のPlenue SやQuestyle QP2Rでは音量面での心配のみで音質は良好だったので、パワフルなDAPであれば挑戦してみるのも面白いかもしれません。今回の試聴ではSIMAUDIO MOON 430HADとiFi Audio Pro iCANというどちらも強力な大型ヘッドホンアンプを使ってみました。

まず第一印象として、ADX5000は典型的というか模範的な完全開放型サウンドだと思いました。空間の広さや音像の距離感はとても優秀で、常に余裕を感じます。

特に凄いと思ったのは低音の距離感です。量は結構しっかりと出ているのですが、中域や高域とピッタリ同じ距離で低音が鳴ってくれるので、自然で全く不快に感じられません。

多くのヘッドホンの場合、低音だけは別物というか、中高域とは違う鳴り方や、違う距離感だったりするのですが、ADX5000では全帯域の扱いが均一です。同じく日本のハイエンドというとパイオニアSE-MASTER1がありますが、あちらのほうが低音が豊かで緩い感じです。深みのある聴きやすさという点ではSE-MASTER1の方が良いですが、ADX5000の方が楽器本来のイメージが明確で力強いです。


もうひとつADX5000が凄い点は、中域から最高音域にかけてストレートでねじれなく、一直線に伸びていくことです。AD2000Xなどの特殊性(というか悪い癖)がADX5000では全く感じられません。

これまでのオーディオテクニカというと、ある中域の周波数から上で急に位相がねじれて、ギュッと金属的な高域が絞り出されるような不自然なピークというか「つながりの悪さ」が感じられました。なんというか、普通のフラットなヘッドホンサウンドの上に逆位相のツイーターが重なっているような、山あり谷ありの感じです。それがADX5000では楽器の音色がそのままスーッと伸びて高域に到達している感覚で、まさに楽器そのものの自然な鳴り方に近いです。低音の土台から可聴帯域外の高音までイメージが一貫しています。

とくに高音域については、AD2000Xなどは金属的アタックに付帯する響きが「刺さる」感じがあったのですが、ADX5000はギリギリ刺さらない境界線を上手に綱渡りしているように思いました。聴いていてヒヤヒヤさせられるスリリングな面があるので、これはADX5000のチューニングが特に上手だと思えた点です。

つまり、過去モデルのファンが聴いても、丸くなった(もしくは篭っている)と思わせない程度に、ちゃんとオーディオテクニカらしさも維持して、さらにHD800などを聴き慣れた現代のハイエンドヘッドホンマニアでも納得できる普遍的な「刺さらない伸びやかさ」を絶妙に両立できていると思います。


そんな優れた低音と高音の相乗効果で、これまでのオーディオテクニカや、他社の優秀なヘッドホンと比べても、スピードとレスポンスの正確さが明らかに目立ちます。具体的には、ヘッドホン依存の響きやダンピングが感じられず、アタックから減衰までが正しく再現できており、連続した音でも飽和せずにきちんと一音一音の「ストップ・アンド・ゴー」が処理できています。

これはつまりハウジング音響やイヤーパッド構造などに頼らず、単独ドライバーの能力だけで最低音から最高音までをカバーしており、しかも無理をせずドライバーの許容範囲内でしっかり鳴らせているということなのでしょう。とにかく鳴り方の余裕が凄いと思いした。

個人的に、とくに低音はHD800と比べてもADX5000の方が優れていると思えるポイントの一つです。HD800は低音も出ていないわけではないのですが、ADX5000ほどしっかりした量感とイメージの実体化は感じられず、薄味で繊細な、浮遊感のあるサウンドと言えます。マイナーチェンジ版のHD800Sでは中低域が増強されましたが、それは膨らみが増しただけで、ADX5000ほどハッキリした実体感がありません。それらと比べると、ADX5000は音像がまるで大理石の彫刻のように、ガッシリとした土台の上に細かなディテールが支えられているようなイメージです。


HD800との違いという点では、音像のステレオ展開も結構違います。HD800はドライバーが前方に傾斜して周囲のバッフルが前後非対称ということもあり、ADX5000よりもステレオイメージが前方遠くに集約されている感覚です。

それでもHD800は圧倒的な解像度のおかげで音像が混雑することは無いのですが、たとえばオーケストラだったら自分がコンサートホールの後部座席から前方ステージを眺めるような、俯瞰というか前方投影型サウンドステージだと思います。

ADX5000はそれよりも左右のステレオ感が広がります。しかし、一定の距離がちゃんと感じられるので、Gradoとかのような至近距離に迫りくるサウンドではありません。さらに、セミオープンや密閉型と違いハウジング反響が無いため、リスナーの後ろから反射で回り込んでくる音が無く、極めて安定した前方周囲180°の広いパノラマのような音場です。左右の広さと前方の遠さがちょうど同じくらいなので、半円形の立体的な空間を形成しています。


もうひとつ、個人的にADX5000が凄いと思える決め手となったのが、音色の美しさです。これのおかげで自分にとってはトップクラスに好きなヘッドホンになりました。それがなければ単にありふれた高性能モニターヘッドホンに留まっていたと思います(それでも優秀ですが)。

とにかく音色が甘いというかカラフルというか、人によって表現は異なると思いますが、とくに中高域の楽器音に艶があるので、ずっと飽きずに聴いていられます。分析的というだけでは終わらず、一つのアルバムを最初から最後まで聴いていたいと思わせてくれますし、高音質クラシックとかだけでなく、あまり音質が良くないアルバムでもシビアになりすぎず歌手や楽器の美しさを堪能できます。技術の努力がちゃんと音楽を楽しむ方向性に上手く活かされている成功例だと思います。

音色が美しいというと、私が普段から愛用しているAKG K812もそれに当てはまるのですが、ADX5000の方が正確な情報量とガッシリした安定感を持っており、K812の方が中高域の音色のみに特化した芸術的な(好き嫌いが分かれる)サウンドです。また、HIFIMANの平面駆動サウンドにもちょっと似ている系統ですが、やはり平面駆動というのは、繊細でキラキラさせるか、もしくは重くマッタリさせるかの二択で、ダイナミック型の、とくにADX5000のような、良い意味での「音の硬さ、芯の強さ」はまだ出せていないように思います。もちろん平面駆動サウンドのほうが好みだという人も多いことも理解できます。


値段は桁違いですがデザインコンセプトがよく似ているATH-R70xと聴き比べてみました。どちらも完全開放型というだけあって、音の開放感は同じくらいなのですが、やはりADX5000とR70xでは音色の充実感と帯域のカバー率がずいぶん違いました。

とくに女性ボーカルなどはR70xでは目立ったクリア感が出せておらず淡々としており、トーンの甘さ、美しさといった表現に至りません。さらにR70xは低音が薄いため、たとえばADX5000が奏でる自然なグランドピアノの音と比べると、R70xは木材の音響が無い、弦だけが鳴るおもちゃのピアノのような軽さになってしまいます。

全体的に見て、ADX5000は単なるモニター調の開放型サウンドというだけでなく、音にフォーカスと深みがあり、美しい音色をしっかりと聴かせるだけの本質が備わっていると思います。

アンバランス6.35mmケーブル

別売りバランス4ピンXLRケーブル

せっかくなので、別売のXLRバランスケーブルも試してみました。というか、このバランスケーブルの音がかなり優れていると思えたので、まず最初の試聴時に聴き比べて以来、ずっとバランスケーブルのままで長々と聴き続けました。

ケーブルが太いほうが絶対に音が良いというわけではありませんが、ADX5000の場合に限って言えば、バランスケーブルに交換することで明らかなアップグレードが感じられました。普段から聴き慣れているアンプでも、バランス化だけでここまで音質向上は感じられる事はありません。つまりこの場合たぶんケーブルの差が主に現れているのでしょう。

全体の雰囲気や、高音、低音の鳴り方はあまり変わらないのですが、チェロとか男性ボーカルなど中低域の楽器がより綺麗に、立体的に鳴るようになります。ADX5000は音色が美しいと言っていたところが、さらに低域方向へ拡張されるような感じで、リスニングの充実感がかなり向上します。味付けの違いというのではなく、ヘッドホンの持ち味をさらに引き出す効果があるので、もしADX5000を買ったのならバランスケーブルも合わせて買う価値はあると思います。

実はこれが今回一番悩まされるポイントでした。元から高いADX5000ですが、さらに4万円の別売ケーブルも上乗せするとなったら30万円コースになってしまいます。かなり欲しいヘッドホンですが流石にこれは予算的に無理だなと諦めてしまいました。でもそれくらい、私としてはこのバランスケーブルは避けて通れない必需品だということです。

おわりに

ATH-ADX5000は久々に驚かされた凄いヘッドホンです。正直に言うと、実はそこまで期待していなかったという事もあるかもしれません。

ハイエンド開放型にふさわしい空間の広さ、高帯域でハッキリと安定した音像、聴き疲れない音色の美しさ、という3つのポイントが絶妙にバランスしており、特にこれまでのオーディオテクニカの癖が解消され、誰でも納得できるような普遍的サウンドに仕上がっています。

さらに、複雑重厚がステータスであるかのような近頃のヘッドホンデザインに反して、極限までシンプル・軽量で快適な装着感を実現できたことも好感度が高いです。

完成度の高いヘッドホンです

最近は高価な平面駆動型がハイエンドヘッドホンの終着点として台頭してきた感がありますが、ダイナミックドライバーも侮れないというか、まだまだ開拓できるポテンシャルを秘めており、これほどのサウンドを生み出せるのかと改めて感心してしまいました。

ADX5000に弱点があるとすれば、遮音性は皆無なので、サウンドを余すことなく味わうためには静かなリスニングルームが必要だということくらいです。エアコンや外の自動車などの小さな環境騒音でさえも普段以上に意識させるようなヘッドホンでした。

なんだか今回はベタ褒めになってしまいましたが、これもそれなりに理由があります。

最近はどのメーカーも、技術を惜しみなく投入したフラッグシップと言えるような高級ヘッドホンを出しており、ADX5000以上に高価なヘッドホンも沢山あるのですが、正直、それぞれ魅力はあるものの自己主張が強く、日々の音楽鑑賞の友としてはどうかと思わせされるものが少なくありません。

普段から私が自宅で使っているHIFIMAN HE-560やAKG K812で(もっと言えば、数万円のベイヤーDT880やAKG K712でさえ)、もう十分満足できるリスニングを実現できているので、それ以上高価なヘッドホンを試聴しても「どうせ買ってもメインヘッドホンとしては使わないだろうな」と思うことが多いです。

その点ADX5000は自分が今持っているヘッドホンよりも優れていて、普段使いのメインヘッドホンとして十分実用的で、「これなら当分のあいだ文句は出ないな」と納得できる完成度を実感しました。きっとベストなヘッドホンは人それぞれ違うと思うのですが、それらを色々試聴した中でも、私にとってはADX5000が好みにピッタリ合ったというだけのことです。

やはり唯一のネックは26万円(+4万円ケーブル)という値段なので、真面目に導入を検討するのは難しいですし、値段に見合ったインパクトや個性があるとは言えない地味なプレゼンテーションですが、異例の高水準を達成しています。今後似たようなヘッドホンを試聴する際には個人的な指標になるような素晴らしいヘッドホンだと思いました。